元オリンピック競歩選手 柳澤哲 
トップアスリートの目 

bプロフィール
柳澤哲氏
東大柏キャンパス・生涯スポーツ健康科学研究センター研究員



* 目次 *

 
 

平成22年8月30日号 No.190

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.37
「光源の風に乗って」
 

平成22年7月30日号 No.189

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.36
「まさか!」
 

平成22年6月30日号 No.188

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.35
「勝利を支えるもの」
 

平成22年5月30日号 No.187

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.34
「光り輝く星」
 

平成22年4月30日号 No.186

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.33
「痩せたいなら!」
 

平成22年3月30日号 No.185

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.32
「「学ぶ」「教える」は同じ事」
 

平成22年2月28日号 No.184

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.31
「仕分けできないもの 」
 

平成22年1月30日号 No.183

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.30
「冬季五輪を楽しもう」
 

平成22年1月3日号 No.182

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.29
「箱根駅伝TV観戦術」
 

平成21年11月30日号 No.181

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.28
「陥りがちな失敗」
 

平成21年10月30日号 No.180

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.27
「亀のススメ」
 

平成21年9月30日号 No.179

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.26
「個性、持ってます?」
 

平成21年8月30日号 No.178

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.25
「選手の財産」
 

平成21年7月30日号 No.177

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.24
「夏の旅」
 

平成21年6月30日号 No.176

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.23
「ツール(道具)」
 

平成21年5月30日号 No.175

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.22
「勝ったのか? 負けたのか?」
 

平成21年4月30日号 No.174

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.21
「緊張してしまうあなたへ」
 

平成21年3月30日号 No.173

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.20
「WBCが教えてくれたこと」
 

平成21年2月28日号 No.171

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.19
「フェデラーの涙」
 

平成21年1月30日号 No.169

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.18
「不況に見る夢」
 

平成21年1月3日号 No.167・168

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.17
「終わりは始まり」
 

平成20年11月30日号 No.165

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.16
「聖 地」
 

平成20年10月30日号 No.163

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.15
「大人げなくてすみません」
 

平成20年9月30日号 No.161

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.14
「トップアスリートの証」
 

平成20年8月30日号 No.159

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.13
「五輪を観て想う」
 

平成20年7月30日号 No.157

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.12
「五輪の父の言葉」
 

平成20年6月30日号 No.155

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.11
「負けてしまった君へ」
 

平成20年5月30日号 No.153

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.10
「背負う」
 

平成20年4月30日号 No.151

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.9
「応援に行こう」
 

平成20年3月30日号 No.149

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.8
「スポーツ、でしょう」
 

平成20年2月29日号 No.147

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.7
「高い目標に挑む」
 

平成20年1月30日号 No.145

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.6
「頑張れ!」
 

平成20年1月3日号 No.143・144

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.5
口下手な方へ
 

平成19年11月30日号 No.141

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.4
負けてはいけない理由
 

平成19年10月30日号 No.139

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.3
美味しく召し上がれ
 

平成19年09月30日号 No.137

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.2
クローゼットの怪物
 

平成19年08月30日号 No.135

トップアスリートの目 元オリンピック競歩選手 柳澤哲−−−−−Vol.1
誰よりも高く、誰よりも遠く、そして、誰よりも速く
   
   


トップアスリートの目  Vol.37 「高原の風に乗って」

 暑さから逃れるため、夏合宿を高原でおこなっている。朝練習に向かう途中さわやかな風に乗ってどこからともなく、何とも場違いな大きな音が聞こえてくる。拡声器を使った少し明瞭ではない「おはようございます」の声だ。
 ちょっと声の方に向かってみると300人はいる小中学生の大集団。近くには大手予備校の垂れ幕がある。どうやら受験生の夏季講習合宿らしい。講師の先生達に先導されキビキビとした動作で列を作り、拡声器を片手に訓話している講師の言葉に耳を傾けている。そして、志望校への合格に向けての決意をグループごとに大声で唱和している。その様子はさながら大学の体育会系の合宿や応援団の合宿のようだった。
 スポーツの世界も科学が発達し、知識として競技特性や生理学的なことも知る必要があり、選手も頭が良くないと強くなれないといわれる時代になった。肉体勝負の体育会系スポーツにも頭脳が必要になり、頭脳勝負の受験にも体育会系の肉体と精神が必要になってきたようだ。
 結局は肉体勝負も頭脳勝負も、どちらか一方に偏っていては達成すべき目的には到達できないということなのだろう。
 今回の夏合宿は大学合同でおこなっている。京都大学や東京大学の学生もいたので東大生と京大生の選手たちに「君らもあんなことしてたの?」と聞いたら、東大生・京大生とも一様に顔を横に振った。
 うーん、悩ましい。あの小中学生達、何とか志望校に入って欲しい。


トップアスリートの目  Vol.36 「まさか!」

  期待をされずに結果を残し、期待をされて結果が残せていない対照的な2つの出来事がある
 サッカー日本代表はW杯直前に4連敗し、全く期待されず本番を迎えた。しかし、岡田監督はベスト16にチームを導き、帰国と同時に決断力のある名将として評価された。
 昨年、衆議院選挙で政権交代に成功した民主党は国民の大きな期待のなか高い支持率でスタートした。しかし、鳩山内閣は普天間問題で迷走を続け辞任に追い込まれ、新しく菅総理が誕生したものの参議院選挙では大きく議席を失うことになってしまった。
 周りから期待されてなかったからこそ評価を覆したいと発奮し結果を残した例と、期待が大きすぎた分、とても期待に応えていると言えない状況が大きな落胆となって返ってきてしまった例だ。期待をされようがされまいが「まさか! こんな見事な結果を出してくれるとは!」と言われれば期待以上の結果を出したということだろう。そんな事を考えていてふと思った。どこの党でもかまいません。断固たる決意のもと日本の未来に期待と希望を持った人に首相となって欲しいと。「期待」という言葉には未だ見ぬ未来に対する希望的観測にしか過ぎない部分も当然あるだろう。だけど希望持てない未来なんて寂しすぎる。
 4連敗した日本代表は期待されなくても自分達の未来に希望を持って前に進んだ。だからこそ大躍進につながったのだ。スポーツに出来て政治に出来ないという理由は無い。まさか! と思わせて欲しい。



 

トップアスリートの目  Vol.35 「勝利を支えるもの」

 結果が良くても悪くても注目を浴びるのがサッカー日本代表の宿命だ。
 南アフリカW杯直前の親善試合で4連敗し始めた頃に、私が現役だったときサポートして頂いた方が日本代表チームのスタッフとして帯同することになった。結果が出せないチームにマスコミや批評家から厳しい報道が続いたタイミングでの帯同だっただけに栄誉というより、身の引き締まる思いの方が強かっただろう。
 そしてW杯初戦、日本は戦前の予想を覆しカメルーンに勝利。早速、その方に「おめでとうメール」を送ると直ぐに返事が返ってきた。そこには短く3つの文章。『泣けた、感動した、最高だ』。チームが一番苦しいときから帯同したからこそ感激もより大きなものだったのだろう。
 つづく第2戦は、優勝候補の一つのオランダ戦。試合を通して内容のある試合をしたが惜しくも0―1で敗れてしまった。「お疲れ様メール」を送ると惜敗を悔しがるメールが返ってきた。
 決勝トーナメント進出を掛けた運命のデンマーク戦。日本は歴史を作る3―1での勝利を挙げた。「歴史を作りましたね」とメールを送った。返信はまだ無い。初戦の勝利と違い、歴史を作る1勝なだけに現地で選手・スタッフと勝利を噛締め、決勝トーナメントに向けて動き始めたのだろう。
 負けても勝っても注目を浴びるサッカー日本代表。その裏側にはチームを支えるスタッフがいる。表に出ることは無いスタッフの活躍なくしてチームの勝利も無い。そんなことも皆さんの頭の片隅に留めておいて欲しい。

トップアスリートの目  Vol.34 「光り輝く星」

 スポーツは体格差がものを言う事がある。だからこそ、柔道やボクシングには体重別の階級制があるのだ
が、それだと誰が一番強いのか正直分からない。それに体重が軽いからといって負けると決まった訳ではない。たとえ、実力差が圧倒的であったとしても、戦ってみてもいないのに負けるだろうと考えるのは寂しい話だ。
 体重差があっても同じ土俵で戦うのが大相撲だ。身体の大きいとか小さいとか重い軽いは関係ない。同じルールで戦うしかない。だが小さい力士はいつも負けている訳でもない。元横綱朝青龍は決して大きな身体ではなかったが、スピードを武器に大型の力士を物ともせずに勝利を積み重ね、時には投げ飛ばすことさえあった。
 いよいよサッカーW杯が始まる。予選同グループの中で日本はFIFAランキング45位、次に下位なのはデンマークの35位。カメルーン19位、オランダは4位だ。日本は体格的にもこの4カ国の中で一番小さい。体格差・ランキングから考えれば予選突破は非常に厳しいだろう。ならば日本は全く勝てないのだろうか?
 相撲には「金星」という言葉がある。平幕が横綱に勝ったときに使われる言葉だ。小さいから、ランキングが下位だからといって最初から負けが決まっている訳ではない。「金星」という言葉を生んだ国、日本。勝つ事が出来ればそれは単なる白星では無く黄金の輝きを放つだろう。
 たとえ戦前の予想が厳しくとも日本の活躍に期待したい。

トップアスリートの目  Vol.33 「痩せたいなら!」

 これからどんどん暑くなる。肌の露出が増え、夏までに痩せたい! と思う方もいるかもしれない。
 体重を減らす理屈は皆さんが思う以上に簡単なものだ。摂取カロリーと消費カロリーのバランスで体重が決まる。摂取する量(食事の量)が消費カロリー(身体活動量など)を上回れば体重が増え、逆であれば体重は減る。そもそも体重は減りやすくできている。それは、人は基礎代謝を持っているからだ。この基礎代謝は生きているだけ(というか、生きるのに最低限必要な代謝)で消費されるカロリーで1日の消費カロリーの60〜70%を占めている。だから本来、人は何もしなくてもカロリーを消費するように出来ているのだ。運動しなくても「食べない」というだけで痩せるのはこの原理が働くからだ。けど、このやり方は全くお勧めできない、というより危険な体重の減らし方だ。それに食事をしないという事は太りやすい体質を作ってしまう。だから、綺麗になりたいという意味で、食べずに体重を減らしたとしても、長い目でみると逆効果だということを知っておくべきだ。「痩せている=綺麗」ではない。マラソン選手を見て、スポーツ選手という部分を外して見たとき、スタイルが良いと思う人は多くはないだろう。綺麗とはおそらく均整のとれたスタイルだ。均整のとれたスタイルには脂肪が造る柔らかな曲線は必須だ。
 夏に向けて痩せたいのであればしっかりと運動をしよう。痩せることの目的は健康になる、綺麗だと思われる、ということなのだから。

トップアスリートの目  Vol.32 「「学ぶ」「教える」は同じ事」

Q 膝、腰に良い歩き方は?
A 腰も膝も関節です。重いものを持つときに、関節が曲がっている状態で重さを受け止めると関節の負担が大きくなります。伸ばしていると骨で重さを受け止められるので負担が少なくなります。だから、歩くときは頭から踵までが一直線上に乗っているイメージで歩いてみましょう。腰や膝への負担を減らせます。
Q 外反母趾でもウオーキングしてよいですか?
A 選手の頃、私も外反母趾になったことがあります。そんなときは親指と人差指の間に丸めたティッシュを挟んで歩いていました。外反母趾用に指に挟むグッズも市販されています。もちろん、ウオーキングをしてもらって構いません。ただ、あまり痛いときに無理をしないように。足裏の重心移動で親指が使えないと上手く歩けずバランスを崩し易くなります。
Q ウオーキングで一番効果のある時間帯は?
A ウオーキングで大事なのは1日のいつ歩くか? というよりは継続性です。効果のある時間帯に歩いてもそれが1日だけだと効果的とは言えません。ご自身の生活の中で無理なく継続して歩ける時間帯が効果のある時間帯といえるでしょう。それに目的によって時間帯が変わってきますし、ペースも変わってきます。
 今回は読者の皆さんから頂いたご質問にお答えさせて頂きました。知りたい! と思う皆さんの気持ちは向上心の現れ。それに少しでも分かり易く応えたい! という私自身の気持ちも向上心。だから、本質的には教えると学ぶは同じ事なんです。

トップアスリートの目  Vol.31 「仕分けできないもの」

 「君の家族は有名な大学に進学したことがないし、君も勉強が出来ない。だから学校としては先生の数も限られているし、勉強が出来る子だけに絞って教える方針にする」なんて学校があったら、子供を入学させたいですか?昨年、話題に上がった事業仕分けでスポーツの強化費について「マイナー競技に補助は必要か」との意見がでたそうだ。終わったばかりの冬季五輪の多くの種目は雪や氷の無い季節でも練習環境を求めて海外へ出ることが多く、施設もジャンプ台・リンクなどお金の掛かるものが多い。
 冬しか見られない種目なため一部種目以外はマイナーなイメージも付きまとい、「お金がかかる」「マイナー」とのイメージが、企業スポンサーを付き難くさせ競技の強化が難しい現状もある。だからこそ国からの強化費を頼りに活動している団体がほとんどだ。
 文化の違い・スポーツへの認識も違うのだが欧米諸国に比べ日本のスポーツ助成金額は非常に少ないと言われている。しかし、国の借金が900兆円とも言われるなか、当然スポーツとしても派遣する役員の削減や選手の少数精鋭化など努力をしなければならない部分も多くある。
 バンクーバー五輪、どうでした?
 メダルを獲得した選手の笑顔、悔しさのなか淡々とインタビューに答える選手の表情。多くの選手たちの躍動から皆さんが受け取った感情にどんな優劣があるのだろう。スポーツの本質が人に与える影響に、マイナーとかメジャーとかで差があるのだろうか…。

トップアスリートの目  Vol.30 「冬季五輪を楽しもう」

 いよいよバンクーバー五輪が開幕する。夏季五輪は28競技302種目に対し冬季五輪は7競技86種目。雪にまつわる競技はスキーとバイアスロンの2競技で残りの5競技は全て氷が絡む。規模は夏季に比べて小さいが自然を利用した雪や氷が無ければ競技が成立しないものばかり、まさに自然と一体となって開催されるのが冬季の大きな魅力だろう。

 今回のバンクーバー五輪から公式種目として採用されたスキークロスに注目している。スキークロスとは4名前後の選手が同時にスタートし、バンクや大きくうねった雪の障害物・ジャンプ台を巧みに滑りぬけゴールに向かっていく種目だ。「雪上の障害物競走」とも言われるこの種目は実にスリリングだ。カーブや障害を越えるたびに目まぐるしく先頭が入れ替わり、転倒も当たり前。先頭を行く3人の集団がゴール直前までつばぜり合いを行い3人ともが転倒し、最下位だった選手がガッツポーズをしてゴールするなんてことも珍しくない。コースを攻め・他の選手との接触をも恐れない「大胆さと勇気」そして、レース・コースを読み、転倒しないようにレースを進める「冷静さと慎重さ」、いろんな要素が詰まっている競技だ。例え贔屓の選手が出ていなくてもレースが楽しめることは間違いない。日本代表で出場する福島のり子選手はワールドカップで3位になったこともある実力者だ。

 4年に一度の大舞台。フィギュアなど花形種目以外の競技にも目を向けて雪と氷が演出する五輪を楽しもう。

 

 

トップアスリートの目  Vol.29 「箱根駅伝TV観戦術」

 学生時代、箱根駅伝出場の常連校に在籍していた。箱根駅伝となれば朝早くから陸上部全員で応援に行き、箱根〜大手町間を電車で選手を追い越しながら応援をしていた。
 だから、TV観戦をしていて沿道の人垣の中、陸上部のジャージ姿の学生が顔を覗かせ選手に応援している姿を見つけるとつい選手より気になってしまう。彼らは応援だけをしている訳ではない。前後に走る選手との差を伝えるなど戦略的にも重要な役割を果たしている。
 映像でもチラッと映し出されるが選手の後ろを走る車の助手席にはコーチや監督が座っている。イヤホン型の携帯電話でしきりに何かしらの指示を出している場面だったり、拡声器で「しっかり、息を吐けーっ!」「田舎の母ちゃんも観てるぞぉ」という声が実況の合間から聞こえたりするとTV観戦でも臨場感を煽る。
 脱水症状のような状態でフラフラになり歩きながらでも襷をつなごうと懸命に走る映像は感動する場面だろうが、選手心理で観るとつい厳しくなる。当日いきなり選手のコンディションが悪くなる訳では無い。薄々、本人は自分の状態の悪さを把握しているものだ。しかし、「箱根駅伝を走りたい」という感情が監督に「大丈夫か」と聞かれても「大丈夫です」と答えさせてしまう。監督・選手ともに難しく勇気ある決断を迫られるが途中棄権をする選手を見るのは本当に忍びない。
 選手の走る映像は箱根駅伝の一面にしか過ぎない。画面の片隅や音声にも気を付けてみよう。きっと箱根駅伝がもっと楽しく観られるはずだ。

 

 

 

トップアスリートの目  Vol.28 「陥りがちな失敗」

 最近、手が荒れてしまう人が多いそうだ。冬になり空気が乾燥し始めているから…、という理由だけでは無く新型インフルエンザ予防の為にアルコール消毒液で手を洗う機会が多くなり揮発性の高いアルコールが肌の潤いを奪い手が荒れてしまうらしい。
 インフルエンザにならないための消毒「方法」が必要以上になり、目的となってはいないだろうか。目的と方法がすり替わって手が荒れる。もったいない話だ。肌が弱い方などは小まめな手洗い・消毒のタイミングを帰宅直後とか食事前に絞るなどして目的の為に方法を工夫するのが良いだろう。
 サービスなどのマニュアルも人によっては方法が目的になりがちだ。誰でも同じようにサービスが提供出来る方法としてマニュアルがあるのだが目的を理解しないでマニュアルだけを実践しても全く意味をなさない。マニュアル通りでしか動く意識のない人のサービス対応を受けることほど苦痛なものはない。
 選手が練習をするという事を「目的」にしてしまうのも非常に厄介だ。本人とすれば練習をしているので目的に近づかなくても何が問題なのか気がつき難くなってしまうし、好きな練習だけをして苦手な練習を避けてしまいがちだ。練習=努力ではない。目的・目標を果たすための練習こそが努力なのだ。
 目的を持てない・理解できていないとつい方法が目的となってしまうのだろう。方法はたくさんある。自分に合ったものを選べばいい。しかし、忘れてはいけない、目的は1つだということを。

トップアスリートの目  Vol.27 「亀のススメ」

  「贔屓」(ひいき)という言葉がある。あまり知られていないがこの「贔屓」、中国では竜が生んだ亀に似た伝説上の生き物の名前だそうだ。重いものを好む生き物とされ石碑や石柱の下に彫刻として彫られることが多いらしい。重いものを下で支える存在なのでそれが転じて特定の人を助けるために力を入れる、目をかけるといった意味に日本ではつながったらしい。
 日本人であればついつい日本人を贔屓してしまうだろう。それは当然の感情なのだが、度を超えると問題が生じる。最近では女子プロゴルファーの宮里選手が韓国の選手と優勝争いをしていたときのことだ。韓国の選手の打ったボールが池に落ち、一部のギャラリーから拍手が沸き起こったそうだ。宮里選手はこの行為に非常に残念がりギャラリーの方にもフェアプレー精神を持って欲しいとブログで訴えている。
 先日行われた女子フィギュアスケート初戦。浅田真央選手と韓国キムヨナ選手が激突した。浅田選手の滑りをミスが無いようにジャンプのたびハラハラしながら応援していたが、キムヨナ選手の滑りにはただただ魅了されTV画面を見つめるだけだった。選手の最高のプレー前では贔屓も何も無い。
 観戦する側に当然、贔屓の選手はいるだろう。しかし、選手達には贔屓という概念があまりない。国籍・性別・種目を問わず全ての選手がベストパフォーマンスを出そうと全力を尽くしていることに身を持って知っているからだ。私はそんな選手達、全ての亀でありたい…と思う。

トップアスリートの目  Vol.26 「個性、持ってます?」

  人間とは不思議なものでつい平均的な事や周りと同じだということに居心地の良さを感じてしまう。「皆と違う」という事よりも、「皆と一緒」の方が妙な安心感を与えてくれるのは事実だろう。そして、平均的でなく自分達とは違うと感じる「個」に対して知らず知らずに壁を作ってしまうものでもある。
 学校でも周囲に誰もいないと何だか寂しくて、仲間の輪の中に入っていきたいと思うものだし、災害があったら皆が逃げる方向が実際に正しいかどうかは別にして、とりあえず付いて行ってしまいたくなる。
 だが、競技スポーツでの勝負ごとはまるで逆になってしまう。
 マラソンは100人で走っても勝つのは1人だ。100人の平均タイムより一番速かった(一番違った)からこそ優勝できる。つまり皆と同じぐらい(平均)に収まっていては真ん中ぐらいの順位しかとれないということだ。
 競技で勝つということは皆と同じという事や平均の枠に収まる事を拒否して、自分は他人とは違うという事を証明するようなものだ。しかもその結果が平均よりかけ離れればかけ離れるほど、周りもその記録や勝者を惜しみなく讃えてくれる。
 もし、競技スポーツで大成しようと思うなら、人と違う事を恐れてはならない。皆と同じであるという事に安心してはならない。人とは違う「個」は大きな武器だ。「個」を磨き最大限に発揮する事が勝利への近道となる。だからこそ、人とは違う自分の個性を大事にしなければならない。

トップアスリートの目  Vol.25 「選手の財産」

 世界陸上ベルリン大会に行ってきた。成田空港でマラソン日本記録保持者高岡寿成さんとバッタリ出会った。TVでマラソンなど解説をするらしい。高岡さんとは2001年世界陸上で私が初入賞したとき同部屋だった。ホテルに戻ると部屋の扉に彼から「入賞おめでとう」との張り紙が張ってあった。種目は違うが「世界」と戦う苦労を知っている選手から「おめでとう」を言われるのはまた一味違った喜びがあった事を久々に思い出した。
 そんな偶然がベルリンの朝にも起きた。身体を動かしに市内でトレーニングをしていたらスペイン・カタルーニャ人のコーチと出会った。このコーチとは3年ぐらい通い続けたバルセロナ合宿で練習・生活の両面でお世話になった恩ある人だ。ドイツ・ベルリンの道端で日本人とカタルーニャ人が再会に盛り上がる。「世界は広くて狭い」と感じる不思議な朝だった。
 男子20km競歩試合後、メキシコ人コーチから声を掛けられた「オラ・コモエスタ?(やぁ、元気?)」メキシコの高地トレーニングで選手として一緒だった彼らも今はコーチになっているようだ。この試合でメキシコチームは銅メダルと8位入賞を果たしており「おめでとう」と伝えると、とても喜んでくれた。
 「かけがえのない選手の財産」とはメダル・記録・お金ではない。試合や合宿で知り合った様々な国の選手たちと、何年経っても世界大会などで古き良き友人として再会できることだろう。
 そんな幸せを噛み締めることが出来た世界陸上だった。





トップアスリートの目  Vol.24 「夏の旅」

 7月、セビリアに行ってきた。大学生の世界大会、ユニバーシアード大会の為だ。
 ホテルでTVをつけるとツール・ド・フランスを放送していた。先月号で書いた新城選手が5位に入賞しておりアナウンサーが「アラシロッ」と連呼していた。まさか書いたことが現実に目の前で起きるとは。
 日本からの差し入れを渡そうと選手村に行ったとき、許可証を持っていなかったのでゲートで警察官に足止めを喰らった。困って試しに日本のピンバッジをあげたら難なく中に入れてくれた。そんなもので中に入れてくれるとは…。警備が心配になったが助かった。
 選手村の食事はかなり不評だったらしく、隣接していたモールのフードコートへ行くといろんな国の選手たちが溢れていた。そこに物乞いの子供たちが入ってきて、選手たちに食べ残しの料理をせがみ、お金をせびる。警備員に見つかり一目散に逃げる子供の背中と追いかける警備員の背中を複雑な思いで見送った。

 帰国の際、乗り継ぎのため、ウィーンに滞在した。ホテルから空港までの間だけを送迎してくれるバスに現地の日本人添乗員が付いてくれた。搭乗手続きの説明の最後に「皆さんとのお別れの言葉に変えて、ナポリ民謡オー・ソレ・ミヨを歌わせて頂きます。聞いて下さい」周囲の、なぜウィーンでイタリアのナポリ民謡を? という呆気にとられた状況の中、清々と歌いきった。旅は楽しい。いろいろな刺激的な出会いがある。皆さんもこの夏、いろんな体験をしてみて欲しい。

 

トップアスリートの目  Vol.23 「ツール(道具)」

  単身で乗り込む海外の試合は大変だ。やはり言語の違いはとても大きい。会話等のコミュニケーションはもちろんだが現地の人も言い慣れないアジア人の名前をアナウンスするのには苦労するようだ。私の場合「ヤナギサワ」と文字数の多い苗字なだけに実況アナウンサーが私の名前をレース中にアナウンスしようとして「ヤナ…」で諦めることも多かった。ドイツで試合をしたときはどうやら「ヤ」のスペルが「TA」に見えたらしく、アナウンサーの前を通過するたびに「タナギッサワッジャパンッ」と力強く連呼されながらレースをした事もあった。
 言葉というのは表現するためのツール(道具)でもあると感じさせられた出来事だ。言葉は国によって違いがある。しかし、スポーツの持つ本質は世界共通だ。自分のやっているスポーツが自分を表現するツールになる。このツールがあるからこそ海外で言語・生活習慣・文化の違いを感じても自分を表現する事ができるのがアスリートの特権だろう。
 7月、フランスで106年の歴史を持つ自転車レースの最高峰「ツール・ド・フランス」が開催される。走行距離3500q以上・高低差2000m以上という過酷なレースだ。日本から13年ぶり3人目の参戦となる新城幸也選手が出場する。遠い異国の地で言葉や生活習慣に戸惑うこともあっただろう。しかし、自分を表現するツールを活かし、掴み取った最高の舞台。完走すれば日本人初の快挙だ。TVのアナウンスから「アラシロッ」と叫ばれるぐらいの走りを期待したい。

トップアスリートの目  Vol.22 「勝ったのか? 負けたのか?」

 4月の記録会で競歩5000m の日本記録が14年振りに6秒更新された。タイムは19分3秒90。常磐線の上野―柏を1時間50分程度で「歩く」計算になる。記録を更新したのは私が指導している選手でこの夏に行われる世界陸上の代表にも選ばれている。日本記録を出したのだから喜ばしい事なのだが、破られた記録は私が保持していた記録だった。まだまだ選手としてのハートが私自身の中に色濃く残っているので悔しさもある。だからいろんな方から頂いたお祝いの連絡にも「ありがとうございます」では無く「複雑です」と苦笑いを交えて答えていた。

 そんな中、先輩から「そんな事、言っていたら駄目だ」とお叱りの言葉を頂いた。当然だろうとも思う。考えてみれば選手だった頃の自分を指導者としての自分が勝ったからこそ生まれた日本記録ともいえる。だが本当に、選手だった自分に勝つことが出来たのかというとそうでもない。私の持つ日本記録はまだ3つもある。という事はまだまだ選手だった頃の自分に指導者としての自分が負けているということだ。それに指導者としての目標は選手だった自分に勝つなどという事では無い。世界でメダルを獲ることだ。日本記録は通過点にしか過ぎない。しかし、立場が変わったとはいえ自分の記録を抜く事が自分に負けることでもあり、自分に勝つこととは…。やはり複雑だ。ただ、この選手が世界陸上・五輪でメダルをとればこの複雑な感情も一気に吹き飛ぶのは間違いない。

※5月17日現在、日本記録は再度更新され18分56秒70

トップアスリートの目  Vol.21 「緊張してしまうあなたへ」

 春風亭小朝さんがこんな事を言っていた。「何かを人前でやらなければならないとき、全然、緊張しないという人がたまにいるでしょ。それは自分に課している目標が低過ぎるからです。目標が簡単に達成できるから 、緊張することが無い。しかし、目標が高ければ達成できない可能性も高くなるのだから緊張するのは当然」と話していた。
 石川遼選手も初出場でのマスターズ公式会見で同年代の外国の選手が「緊張はない。この1週間を楽しんでいいゴルフができれば」と語っていたのに対し、「僕の場合は、いくら強がりを言っても『緊張していない』とは言えない」と苦笑いをしたそうだ。

 緊張を少しでも解すためにいろいろな事が言われている。多くの人を前にしたときは 「人だと思うなカボチャだと思え」とか、「人という字を手に書いて飲み込む」とかだ。しかし、残念ながら人はカボチャにはどう見ても見えない。飲み込んでみる「人」という字も実体が無いので飲み込んでる実感も湧きにくい。その程度の事で緊張が解れるのであれば苦労はない。緊張は必ずするものだ。大きな試合を目の前にして緊張をしない方がある意味おかしい。そう考えた方が気楽になれる。

 それに緊張するのはとても正常な感情でそれだけ自分が大きなことにチャレンジしようとしている証なのだ。だから、もし、緊張しないのならもっと大きなことにチャレンジできるとも言えるだろう。緊張が大きな達成感や充実感を生むと思えば良いだけだ。

トップアスリートの目  Vol.20 「WBCが教えてくれたこと」

 今の日本のスポーツで人気があるのは日本代表戦であってそのスポーツ自体ではないのが現実だ。サッカー・野球共に日本代表の人気は高いが国内リーグでは代表戦ほどは盛り上がらない。
 Jリーグの人気カードでも視聴率は野球の巨人戦並み。その巨人戦を中継する日本テレビは視聴率低下を理由に今季の中継数の減少を決めている。
 代表と国内リーグの違いはあれど同じスポーツを見ているはずなのに、なぜこうも人気に差がでてしまうのか。プロである以上、選手は力の加減を区別してプレーをしてはいないはずだ。しかし、観戦をしていて代表戦とリーグ戦とでは伝わってくる緊張感がまるで違う。

 先月行われたWBCでは一球一球にまさに一喜一憂し観戦していた方がほとんどだろう。我々は日本の「再び」の世界一を期待し熱い応援を送る。
 選手の「日本を代表し戦うという名誉」「世界一という栄光」「プロとして国民の期待に応えたいというモチベーション」が試合を熱く面白くした。 
 しかし、日本代表の戦いを熱く面白い試合にしたのは応援していた我々の心理にもあるだろう。

 選手への期待感は我々に選手心理にも似た緊張感を生む。この緊張感の共有が奮闘する選手の一つ一つのプレーをさらに輝かせて魅せた。だから、ファインプレーも代表戦の場合は国を救ったファインプレーとして我々の心に熱く深く刻まれる。

 スポーツを面白くしているのは選手だけではない。我々もスポーツをより面白くできる力がある事をWBCが教えてくれた。

トップアスリートの目  Vol.19 「フェデラーの涙」

 「一生懸命努力してきた。チャンスもたくさんあった。しかし、テニス選手は全ての試合を勝つことはできない」テニスの全豪OP決勝でナダルに敗れたフェデラーが表彰式で負けた悔しさから号泣しながら語った言葉だ。
 フェデラーは決して弱い選手ではない。世界ランキング1位保持歴代1位(237週)を持つ、テニス史上屈指の名プレーヤーだ。この大会で勝てば四大大会最多勝利記録に並ぶ一戦だっただけに決勝で負けた悔しさは大きいはずだ。
 だが、表彰式で男泣きするほどの事だろうか? 多くに負け、多くに勝ち続けた男だ。初優勝を逃したならともかく、過去に13度も四大大会を制している。これほどの選手がそこまで一戦一勝に賭けるものなのかと非常に心に残った。

 号泣するフェデラーに表彰式で「気持ちは良く分かるよ、タフな試合だったからね。けど、誰もあなたが偉大なチャンピオンだったことは忘れてはいない」そう声を掛けフェデラーの肩を抱き寄せたのは勝者のナダルだ。
 過去、ナダルはフェデラーにウィンブルドン決勝で2年連続優勝を阻まれ悔しい思いをした男だ。そのナダルだからこそ掛けられる言葉だろう。

 勝ち続けても負けるときは必ずくる。負け続けても勝つことは出来る。正直、テニスは門外漢だ。しかし、競技を良く知らなくてもその素晴らしさを伝えてくれたフェデラーの涙だった。
 フェデラーとナダル。この二人の試合が楽しみで仕方がない。

トップアスリートの目  Vol.18 「不況に見る夢」

  経済とスポーツは密接な関係にある。昨年末から様々な種目で廃部の報道がなされ、不況下になるとその関係が否応無しに浮き彫りにされる。
 日本では学校を卒業し、競技を職業とするならプロスポーツか企業スポーツに所属するのが大半だ。プロスポーツでは入場収入・スポンサー料・放映権料などそのスポーツが実際に収入となる構図が出来ている。しかし、陸上・柔道・アメフトなど企業スポーツでは、プロスポーツのように企業が収入を得られる訳ではない。広報活動として行なってはいるが社会貢献事業という認識の方が企業側は強い。
 企業は利益があればこそ社会へ還元する使命が生まれる。利益がなければ、 企業としての存続を優先させるのは当然だ。社員を解雇の危機にさらすわけにはいかないだろう。こういう事情を社会も選手も以前より良く理解をしている。この不況下だからこそスポーツを企業だけに負担を負わせるのは限界がある。

 欧米では地域がスポーツクラブを持つ場合が多い。地域の企業が集まってスポンサーとなるので不況で規模は小さくなる事があっても廃部などスポーツ自体が無くなるというのは稀だ。企業がスポーツを支援するメリットは企業広告や社会貢献だけでない。地域への密着性や活性化にもつながる。地域もスポーツをサポートする体制を作れば不況にも負けないスポーツ作りが出来るはずだ。自分達の地域からトップアスリートを生む。不況だからこそそんな夢を見てみたい。

トップアスリートの目  Vol.17 「終わりは始まり」

 長く競技生活をしていると「盆暮れ正月」などの一般的な年中行事と縁が無くなる。シーズンオフはあるが、次のシーズンの為の練習期であり、休みと言う意味ではない。試合(シーズン)が終わるということは次の試合(シーズン)へのスタートだ。まるで大晦日と元旦。「終わり」と「始まり」が並んでいる。この2日間は洋の東西を問わず様々な伝統的習慣が行われる。

 スペインで合宿をしたとき、友人の家族と一緒に年末を過ごさせてもらった。 大晦日には赤い下着を親しい人に贈りあう。赤い下着を身に着けて年を越すのは縁起が良いとの事だ。大晦日の零時になると日本でいう除夜の鐘のように鐘の音がどこからとも無く聞こえてくる。そして、鐘の音に合わせて葡萄を12粒食べるのがスペイン流の年越しだ。友人の家はマンションだったのだが、新年のお祝いの花火をしようと葡萄を食べ終え連れて行かれたのがなんとその家のベランダ。見渡すとマンションの住民が皆、ベランダで新年を祝う花火や爆竹を始めているではないか。階下にいる住民には爆竹が降り注ぎマンション中をロケット花火が飛び交う。木造建築が主流で年越し蕎麦を食べ、初詣に行く日本と比べるとなんとも賑やかな年越しだ。

 スペインのように賑やかなのも良いが新たなシーズンに向けて目標を立てるのもシーズン直後が一番良い。前シーズンを踏まえて考えられるので無理なく目標が立てられる。さて、どんな1年にしようか。静かな日本の正月でゆっくり考えたい。  

トップアスリートの目  Vol.16 「聖 地」

  歌舞伎の聖地とも言える歌舞伎座が東京・東銀座にある。現在の建物は1950年に建てられ58年の歴史を持つ。2002年に登録有形文化財として指定をされ、建造物としての価値も高い。しかし、歌舞伎座は2013年の完成を目途に建替えられ、予定ではビルと劇場の複合施設として生まれ変わるらしい。老朽化・耐震対策・バリアフリー化が建替えの理由だ。

 スポーツにも聖地と呼ばれる場所がいくつかある。高校野球の「 甲子園 」、サッカーの「 国立競技場 」 、ゴルフの「St.アンドリュース」、テニスの「ウィンブルドン」。聖地と言われる場所で選手はプレーをする事を夢みて練習し、そんな想いが集まる場所だからこそ良いプレーや良いゲームが生まれ観客を魅了する。その積み重なりが建物や場所に染み渡り、人々に愛される血の通った聖地へとなるのだろう。

 歌舞伎座もただの建造物ではない。日本の芸能文化を継承し続けた「伝統」という血の通った建造物だ。その「伝統」が染み込んだ建物が無くなるのはなんとも悲しい話だ。

 しかし、何も「聖地」と呼ばれるのは有名な場所ばかりでは無いはずだ。多くの方が自分だけの聖地を持っている。初めて登板した球場、初ゴールを決めたグラウンド、全力を尽くしたコート。そんな身近な想いの積み重ねがスポーツ文化を創り「聖地」を生み出していくのだろう 。想いのある場所や空間を大切にしたいと思わせる歌舞伎座のニュースだった。そんな大切にしたい「聖地」、皆さんにはありますか?

トップアスリートの目  Vol.15 「大人げなくてすみません」

 私自身、基本的に勝負事に対して大人げない。 
 子供が喜ぶ顔が見たくてわざと負けると言う事が出来ない。だから大相撲の「八百長問題」が不思議でならない。強い者が「負けてあげる」という行為ができるのか? という事がだ。
 勝負を生業としていれば損得ではなく性分として出来ないだろう。子供に負ける事すら嫌がる私以上に勝負に厳しいはずだ。真相は裁判にて係争中だが判決がどちらに出るにせよ後味はスッキリしないだろう。

 しかし、子供とは不思議なもので「絶対に勝つ」という気持ちを持って全力で大人に挑んでくる。大人との実力差など気にも止めない。とはいえ、大人対子供だ。同条件で体力勝負をすれば何回やっても全て大人が勝つ。すると子供に「諦めの感情」が浮かんできて次に勝負するときは最初から勝負を諦めてしまう。だから、子供と勝負する際、最初は圧倒的に勝つ、だが、次は際どく勝つ(絶対に負けません)。そうすると子供に「もうちょっと頑張れば次は勝てるかもしれない」という感情が生まれ、勝つ為に工夫をしようと自分なりに何か考えるようになる。何より、最初から負けるつもりで勝負をする姿を私は子供に見せたいとはあまり思わない。

 「八百長問題」も勝ちを買う方が勝つ為の工夫がお金だとしたら、それこそ工夫が無さ過ぎる。
 勝負事は子供のように無鉄砲ではいけない。が、気持ちは子供のように「大人げなく」。負けたくないという己の気持ちに正直でありたい。

トップアスリートの目  Vol.14 「トップアスリートの証」

  「マクドナルド」「定食屋」「駅」「公園」「自宅」。この場所が持つ共通点は私が「抜き打ちドーピング検査」を受けた場所だ。なぜ、そんな所で? という場所もあるだろう。検査員は基本的にいきなりやってくる。だから、そのときいる場所が検査をする場所になる。検査員は2人組で一人は派遣された外国人の検査員、もう一人は日本人通訳だ。検査キットは袋に梱包され、検査員は同じ検査キットを何個も持っており、選手は何個かある中から検査キットを自分で選ぶ。選んだら検査員も通訳も検査キットには絶対に手を触れない。選手が全て自分で袋から出し、検査員の指示を受けながら自ら尿を採取する。無論、検査員は尿を採取するとき、しっかり覗き込んでくる。最近は採取する際の格好にも決まりがあるらしく、服は胸の下まで上げて、ズボンは膝まで下ろさなければならないらしい。そして採取した尿を専用の箱に梱包し、書類に常用している薬・サプリメントを記入し署名して終了となる。

 「抜き打ちドーピング検査」を受ける事は世界のトップアスリートの証であり名誉だ。それは世界ランキング上位者・国際大会入賞者のみが抜き打ち検査を受ける対象となるからだ。 決してドーピングの疑惑があるから行われる訳ではない。世界に認められた選手だからこそ行われる検査だ。
 だから、最初に抜き打ちドーピング検査を受けると選手として喜びの感情が先に立つ。選手がこの感情を忘れさえしなければ不正など起こりはしないのだが…。

トップアスリートの目  Vol.13 「五輪を観て想う」

 五輪で元スポーツ選手がTVにキャスターや解説者として登場したとき、「選手のときはコメントが面白かったのにキャスター・解説者になったらコメントがつまらなくなった」と思われた方もいるだろう。しかし、つまらなくなる理由がある。TV局側から万人受けする当たり障りの無いコメントを求められるからだ。
 実際、私自身も昨年の大阪・世界陸上で解説をさせて頂いたが、的確なコメントより万人受けするコメントをTV局側から求められた時があった。
 選手の時は自分自身の事なので面白いコメントを好きに喋れるが、解説だと他の選手の事を面白おかしくは言えない。第一に多くの方にTVを観てもらいたいと思うからこそついコメントも万人受けする方に流されがちになるものだ。立場が変われば自分としては同じようにしているつもりでも、周囲の評価はどうにでも変わってしまう例だろう。

 五輪選手も同様だ。メダルを「期待されて獲った人」 「期待されて獲れなかった人」「期待されていないのに獲った人」「期待されなくて獲れなかった人」。どの選手も五輪で同じように死力を尽くして戦った。 しかし、それぞれ帰国後、立場は変わる。立場が変わらないのは「期待されなくて獲れなかった人」だけだろう。
 立場が変われば評価のされ方が変わってくるのは当然だ。しかし、それはあくまでも周囲の評価だ。自分が目指すものを見失ってはいけない。帰国する選手達にそう声を掛けてあげたいと五輪中継を見てつくづく思った。

トップアスリートの目  Vol.12 「五輪の父の言葉」

 「五輪は参加する事に意義がある」近代五輪の父と言われたクーベルタン男爵の言葉だ。五輪の精神を語る言葉として多くの方に知られている有名な格言だ。 北京五輪が始まる。今回の日本選手団には水泳の北島選手・マラソンの野口選手らメダル候補も多くいる。この五輪で正式種目から外れる野球ではプロ野球が一丸となってメダルを目指している。メダルを獲るために世界一の練習をし、五輪の舞台に立つ彼らが「参加する事に意義がある」と思っているとはなかなか想像し難い。
 実はこの「五輪は参加する事に意義がある」という言葉はクーベルタンの言葉の断片でしかない。正確には、「勝つことでなく、参加することに意義があるとは、至言である。人生において重要なことは、成功することではなく、努力することである。根本的なことは、征服したかどうかにあるのではなく、よく戦ったかどうかにある」という言葉らしい。それに元々は「五輪は参加する事に〜」とは教会の司教が言った言葉に感銘を受けたクーベルタンが演説で使って有名になったと言われている。
 クーベルタンの言う、人生で重要な事である「成功することではなく、努力すること」「征服したかどうかではなく、よく戦ったかどうかにある」を選手が五輪を通して感じる事ができたなら、「五輪に参加する事の意義」も見つけられるのでは無いだろうか。五輪の魅力はメダルだけでは無いというメッセージを選手達に是非見せてもらいたい。

トップアスリートの目  Vol.11 「負けてしまった君へ」

 スポーツは時に残酷だ。結果に必ず勝敗や順位がつき明確に勝者と敗者を分ける。ある選手が長距離競走で最初から最後まで最下位を走ってゴールした。走っている間、ずっと最下位(負け)の姿を観衆に見られたことになる。ゴール後その選手
は何を感じたろうか?
 悔しさは当然あるだろう、それよりもずっと最下位を走ってしまって恥ずかしいという気持ちや、もっと悪く考えれば自分にはその競技は向いていないと諦めてしまう感情の方が強くなるのかもしれない。負けてしまった時はどうしても感情的にネガティブな思考になりがちだ。
 そんな時、考えてみて欲しい。最初に出た試合から一度も負けずに競技人生を終える選手などいるのだろうか? と。
 誰しもが試合に出る以上何度と無く負ける。その度に負けから学び「次こそは!」と勝つ為の努力をするのではないだろうか。
 勝ち続ければやがて負けるときがくる。同じように負け続けてもやがて勝てるときがある。たまたま今負けたからと言って一生負け続けると決まった訳ではない。だが、覚えておいて欲しい、負けた悔しさを努力に変えない限り一生負け続けてしまうということを。何の努力もしないで勝てるほど試合は甘くは無い。
 誰しも負けたくは無い。しかし、負けたからこそ、他人を思いやれる選手になれ、勝つ事の本当の意味を掴めるのではないだろうか。
 スポーツは時に残酷だ。
 しかし、その残酷な部分があるからこそ優しくなれ、強くもなれる。

トップアスリートの目  Vol.10 「背負う」

  病気でも寒い訳でも無く、突然身体が震えた事が今までに一度だけある。それは五輪出場のために空港へ移動するタクシーの中だった。後部座席に座り、今後の試合までのスケジュールを頭の中で確認していたときに身体が震え始めた。直ぐに止まったが原因はおそらく極度の重圧を感じたからだろう。日の丸を背負って五輪に出るという事を痛切に感じた瞬間だった。

 日本代表に選ばれた選手が背負うものは何かとイメージすれば、多くの方が「重圧」「期待」「責任」などだろう。選手にもよるだろうが、おそらく大多数の選手は「日の丸の責任」を一番意識するはずだ。「重圧」は日の丸を背負うまでの戦いにおいて充分に感じて戦ってきた訳だし、「期待」は自分自身が一番自分に期待をするものだから背負うというほどでもない。しかし、「日の丸の責任」とは国を代表して競技をするという事だ。個人ではなく国の代表という「公」としての責任が存在し、ただ試合をすれば良いと言う訳ではない。 敗れるにしてもどう敗れたのかを問われても仕方が無い。確かに「日の丸の責任」の重圧は大きい。しかし、重圧を感じるということは高い目標を持っているという事だ。目標が低ければ容易である分、重圧など感じはしない。

 サッカー日本代表のW杯三次予選が6月に行われる。観戦のポイントは選手起用・戦術・采配などだろう。しかし、私がつい目が行くのは試合をする選手が「日の丸の責任」を感じた魂のこもった熱いプレーをしているか? だ。それに尽きる。

トップアスリートの目  Vol.9 「応援に行こう」

 スポーツを観戦する際、誰しも贔屓の選手かチームを応援しながら観戦する方がほとんどだろう。そして応援スタイルは実に多種多様だ。
 野球では「鳴り物(ラッパや太鼓)」の応援が主流の日本のプロ野球に対し、メジャーでは鳴り物の応援が無く、打球音や歓声といったプレーだけから生まれる音だけが球場に鳴り響く。サッカーは国によっては試合会場で発炎筒が焚かれ、興奮したファンの喧嘩も日常的。ある国のバレーボールの試合ではTV局がアイドルグループとタイアップするような形で観客を集め、コンサートなのかバレーの応援なのか…、といびつさを感じさせたりもする。

 とはいえ、応援には不思議な力がある。それは応援には「喜怒哀楽」の要素が全て入っているからだろう。応援している選手が良いプレー・結果を出せば喜び、気の無い試合・つまらないミスをすれば怒り、ベストを尽くして結果が悪ければ共に哀しみ、そして勝負の駆け引きや技術の妙を楽しむ。「自分ではない誰かを応援する」そんな些細な事で「感情」が大きく刺激されるのは「応援=感情」だからだろう。

 気を付けたい事もある。応援とは選手と観客がいて成り立つ行為だが選手・観客としてのマナーは守りたい。選手は応援される事に驕らずひたむきに(当然です)、応援する側も選手の負担となるような過度な言動は慎みたい。

 GWだ。スポーツの催しも多いはず。一生懸命にプレー・応援し、自分の感情を揺さぶろう。

トップアスリートの目  Vol.8 「スポーツ、でしょう」

 あるスポーツの話だ。競技人口は700〜1000万人とも言われる。その内、現役のプロが150人程度。主要な試合は7つのタイトル戦。タイトル争いは激しく、1回の試合で体重が2s程度減る事もあり、2日がかりで争う事も珍しくない。

 4月に行われるタイトル戦は、その競技で最も長い歴史を持ち(称号としては1612年より存在)、もつれれば3カ月の長丁場となる。しかし、対戦する選手はその間にも他のタイトル戦の予選にも参加し、日々戦いの厳しい生活を強いられる。勘の良い方ならこのスポーツが何か判ったろうか。答えは「将棋」だ。

 この4月8日から「名人戦」が行われ、羽生善治選手が森内俊之名人に挑戦する。TV中継もある。しかし、何とも映像的にはつまらない。一手打つのに、長ければ30分以上を要する事もしばしばだ。二人の男が将棋盤を挟んで苦悶する表情が流れ、ようやく動いた一手を解説員が展開を予想する。おおよそスポーツ中継とは思えない映像だ。しかし、映像がつまらないからと言って番組がつまらない訳ではない。「次の一手を予想する」という思考を楽しむ要素が視聴者にあるからだ。
 
  このように思考能力を主に用いるスポーツを国際的には「マインドスポーツ」と言い、欧州の将棋「チェス」は国際オリンピック委員会にも加盟しており、アジア大会では正式種目として採用されている。
 駒を通して、己の持てる気力・知力・体力をぶつけ合う。これをスポーツと呼ばずして何と呼ぼうか。

トップアスリートの目  Vol.7 「高い目標に挑む」

  転倒を繰り返しながらゴールを目指す、大阪国際女子マラソンでの福士選手の姿に「自分だったら止めている」と思った方も多いだろう。しかし、誰しも好きな事をしているのであれば簡単に諦めずに、何度でも立ち上がろうとするはずだ。誰もが持っている心の強さを福士選手が実践していた場面でもあっただろう。
 福士選手が何度も転倒して目指した、女子マラソン北京五輪代表選考がいよいよ大詰めを迎える。おそらく残り一つしかない代表枠が名古屋国際女子マラソン(3月9日)で決まることになるだろう。シドニー五輪の金メダリストの高橋尚子選手も出場予定だ。女子マラソン最後の選考会だけに高橋選手以外にも強豪が揃い苛烈なレースになることは必至だ。
 優勝のポイントを挙げるならば、ヒントは福士選手にある。彼女は日本女子トラック種目長距離界の女王だ。マラソンを走らなくても北京五輪代表にトラック種目で選ばれる可能性が高い。しかし、過去の世界陸上・五輪を通じて入賞は一度も無い。だからこそ、北京五輪ではメダル争いが出来るマラソンを選んで挑戦したのだろう。決して北京五輪代表になること事態が最終的な目標では無かったはずだ。
 名古屋で勝つのは代表に選ばれる事より、世界(北京五輪)でどう戦うかを意識して試合をする選手だろう。無論、代表に選ばれなければメダル争いも何も無い。しかし、大阪国際女子マラソンで積極的なレースをした福士選手の姿を思い出せばそう思わずにはいられない。

トップアスリートの目  Vol.6 「頑張れ!」

  「頑張る」という言葉を誤ってしまう選手をたまに見かける。「頑張る」というより「無理」をしているという選手だ。この「無理」と「頑張る」の大きな違いは、選手が自分自身の行なっている競技を好きか嫌いかの違いだろう。先生やコーチに言われて仕方なく練習をすれば、きつい練習も気持ちに「無理」をしながら練習をする事になる、結果その競技を嫌いになってしまう可能性もでる。競技が好きであれば、楽しいから「頑張れる」ものだ。しかし、頑張ったから常に良い結果を出せるとは限らないのもスポーツだ。昨年の世界陸上、50km競歩で選手への誘導ミスがあった。人間のやる事にミスはつきもの、運が無かったと言われてしまえば仕方がない。しかし、運が無かったでは済まされないものが、ハンドボールのアジア予選だ。公平なジャッジが行われなかった為、予選やり直しとなった。スポーツは審判が公平であるという上で成り立っている。むろん、多少のミスジャッジはあるだろう。しかし、それが作為的に行われ、選手の頑張りや結果が奪われるという事は断じてあってはならない。一度は決まった北京五輪のアジア代表だが、再度予選が行われたのも選手の「頑張り」を知る関係者の想いと熱意があったからだろう。
 「練習を頑張る」のは結果を出す為の全てでは無く、一つの要因にしか過ぎない。「頑張り」続ける事によって様々な要因が生まれ結果へと繋がって行く。頑張ったその先には、必ず何かが待っている。

トップアスリートの目  Vol.5 口下手な方へ

  大学スポーツの最高峰の箱根駅伝がお正月に行われた。毎年視聴率が30%近くあり、TV等で観戦をした方も多いだろう。マラソンのように独りでゴールを目指すのではなく、東京・箱根間217・9kmを10人の走者で2日間かけて襷を繋ぐ。この襷リレーが箱根駅伝の大きな魅力の一つだ。
 選手達は襷を繋ぐために死力を尽くす。他校の選手に離されれば一秒でも縮め、もし、追い上げられれば、一秒でも離して仲間に襷を繋ごうとする。そうやって繋がれてきた襷を握り締めた走者が中継所に入ってくる。
 少しでも速く襷を渡そうと手を伸ばして…。

 伝え・繋がれてきた襷を受け取るだけで、言葉は無くとも相手の言葉や想いを理解し、その想いに自分の想いをも乗せて次の走者に繋ぐために走り出す。
 そう思えば「何かを誰かに伝える」のは襷リレーのようなものかもしれない。
 実際にコミュニケーションで相手にこちら側の意思を伝えるのに重要な要素は、言葉は20%程度で残りの80%はボディランゲージだそうだ。いわゆる、仕種とか表情だ。何かを相手に伝えようとして、上手く伝わらない時に、言葉に頼ってしまえばしまうほど、逆に伝わり難くなってしまう事がある。そんな時は表情や仕種も使ってみよう。きっと相手はこちらが伝えようとする事を耳だけで理解しようとするのでは無く、目からも感じ取ってくれるはずだ。言葉を襷だと思って伝えてみよう。きっと伝わるはずだ。


トップアスリートの目  Vol.4 負けてはいけない理由

 欧州でのプロサッカー選手は過酷だ。リーグ戦・カップ戦・自国の代表戦もあり、強い選手ほど、過密日程に疲弊しているのが現状だ。だからであろか、「代表を引退する」という言葉がある。自分の所属するクラブの試合にのみ出場し、自国代表の試合には出場しないという引退だ。「過密日程すぎてベストのパフォーマンスを試合でだせない・年齢的にも難しい」などが理由らしい。実際は「給与を払っているのは所属クラブであり、代表戦で怪我でもして試合に出られなくなれば、年俸に影響する」という本音も見え隠れする。
 しかし、試合で結果を出し、それが年俸となって評価されるプロである以上、極々当然の理屈だ。
 それなりの日当しかでない自国の代表戦は、強くて高年俸の選手であればあるほどプロの選手としての魅力を感じ無いのは仕方が無い事だろう。
 台湾で開かれる野球のアジア選手権(1月1日〜3日)に、プロ野球の選手達が出場する。五輪のアジア地区の代表を決める重要な大会で、しかも優勝国しか五輪に行けない。選手にとって、来季に向けて休養をするか、不本意な成績で終わったのであれば、トレーニングをする時期の開催だ。
 だが、選手達は休む事無く戦う身体を維持し続け、試合に臨まなければならない。プロという年俸(お金)で評価される面を持つ彼らが「金メダル」という、栄誉の為に集まった。お金儲けの手段では無い、本来のスポーツの姿がそこにある。
 だからこそ、負けて欲しくはない。


トップアスリートの目  Vol.3 美味しく召し上がれ

 皆さんは美味しい料理を食べた事があるだろうか?
 料理人はまず、どんな料理を作るかを考え、それにあった食材を購入してくる。全部の食材や調味料が似てしまったら味が単調になり美味しくならない。途中で味がイマイチであれば新たに調味料を足すのも手だ。しかし、美味しそうに盛り付ける事のできた料理を見ているのも良いが、料理の一番の目的は「食べる」事だ。
 今、プロ野球が熱い。メジャーも日本の野球も最後のクライマックスを迎えている。
 各球団がどんな勝てるチームを作るかを考え、既存の選手とそれに合った選手の補強をして、自分達の目指す球団を作る。シーズン中に足らない部分があればトレード等で補う事もあるだろう。いろんな持ち味の選手が融合する事によってチームとしての強さや味が出る。似たような選手ばかりを集めてしまうとそれこそ大味になって美味しくない(強くならない)。それは料理人が最高の料理を作る作業に似ているといっても良いだろう。
 そして、今、特に美味しく出来上がった2チームが互いの持ち味をぶつけ合っている。
 「世界一」「日本一」の称号を得るために。
 これを、ニュースのハイライトを見るだけの味見程度では勿体無い。観戦するのがベストだが、中継でも良い。
 一瞬一瞬のプレーを全力で彩る選手をリアルタイムで応援したい。応援しているチームが負けたとしても、美味しい料理を食べた後の満足感は得られるはずだ。


トップアスリートの目  Vol.02 クローゼットの怪物

 今年は各競技で世界選手権が行われている。体操・柔道・レスリングも行われたばかり。柔道・レスリングではこの世界選手権の結果によって北京五輪への出場枠の獲得がかかっていた。
 五輪に出場できる・できないは、その競技の死活に係わる大きな問題であり、選手にかかる重圧も当然大きかったはずだ。
 「重圧」とは「良い結果をだしたい」・「期待に応えたい」という願望から「失敗したらどうしよう」という「恐怖心」が生み出す心理的産物であり、目には見え無い。しかし、その「目に見えぬ」ものが原因で選手は試合で身体が硬直したり、筋肉が痙攣等起したりする。重圧が作り出す恐怖心に身体の自由が奪われる。そういう意味ではアスリートとはいえ、恐怖に慄く所は一般の方と何ら変わりが無い。いくら肉体的には優れていても精神力までは簡単に鍛えられない。
 アメリカの子供達はクローゼットには怪物が隠れていると信じていてクローゼットを怖がる子供が多いそうだ。そんな時、親御さんはこう声を掛ける。
 「クローゼットを開けてごらん。怪物は逃げていなくなるから」
 重圧がかかる試合で大切なのはクローゼットを開けられる勇気を持つ事だ。所詮、「重圧」を生み出す「恐怖」とは実体の無いもの。クローゼットを開ければ、心が作り出した怪物は消え去るだけだ。
  「目に見えぬ」ものに立ち向かい、その重圧を乗り越え、その経験から生み出された結果にこそ、価値がある。


トップアスリートの目  Vol.01 誰よりも高く、誰よりも遠く、そして、誰よりも速く

 世界中からトップアスリートが日本に集まっている。ご存知の方も多いかと思うが、現在、大阪で世界陸上が行なわれているからだ。
 今回の世界陸上は、来年開催が予定されている北京五輪に向けての試金石。高いレベルの争いになるのは間違いない。
 注目すべき種目は、男子200m。末續選手が出場する。他の外国人選手と比べ、腕も足も細く華奢だ。しかし、上半身が安定した、頭の上下動の少ない洗練された走りで世界と互角に渡り合ってくれるはずだ。
 最終日に行われる女子マラソンはメダルの期待がかかる。しかし、灼熱の大阪が選手を多いに苦しめるのは必至だ。暑さ対策をどう準備してくるのか? それがメダル獲得への大きな鍵となる。走っている選手の表情を観戦するのも面白い。TV画面では淡々とした表情に見えても、選手自身は苦しいが、表情に出さないよう堪えながら走っているのが実情だ(これが本当に大変)。少しでも苦しい表情を見せようものなら他の選手にペースアップをされ、振るい落とされにかかられる。
 そんなところをポイントに世界陸上を観ると一味違った面白さや、トップアスリートの凄さが身近に感じられるだろう。
 今回はマラソンより長い50q競歩が生中継される。日本からは3名の選手が挑戦。前回の世界陸上入賞者もいる。今回は入賞以上を期待したい。
☆ご好評いただいた「小林寛道教授の運動神経を良くする法」のコラムが終了。柳澤さんへバトンタッチ。どうぞお楽しみに。

 


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