* 目次 *

平成21年6月30日号 No.176
NECグリーンロケッツ ブライス・ロビンスさん
   
平成21年5月30日号 No.175
JOMOサンフラワーズ 内海 亮子さん
   
平成21年4月30日号 No.174
シドニー五輪 1万メートル走日本代表 高橋 千恵美さん
   
平成21年3月30日号 No.173
マーシャルアーツ日本キックボクシング ウェルター級チャンピオン 染谷 敏之さん
   
平成21年2月28日号 No.171
中央学院大学駅伝部 木原 真佐人さん
   
平成21年1月30日号 No.169
プロテニスプレイヤー 松井 俊英さん
   
平成20年11月30日号 No.165
JOMOサンフラワーズ 田中 利佳さん
   
平成20年10月30日号 No.163
日立サンロッカーズ 岩隈 隆士さん
   
平成20年9月30日号 No.161
NECグリーンロケッツ 首藤 甲子郎さん
   
平成20年8月30日号 No.159
北海道日本ハムファイターズ 村田 和哉さん
   
平成20年7月30日号 No.157
柏レイソル 李 忠成さん
   
平成20年6月30日号 No.155
日立サンロッカーズ 竹内 譲次さん
   
平成20年5月30日号 No.153
千葉ロッテマリーンズ 唐川 侑己投手
   
平成20年4月30日号 No.151
全国日本フライ級新人王 林 徹磨さん
   
平成20年3月30日号 No.149
JBL 日立サンロッカーズ 斉藤 勝一さん
   
平成20年2月29日号 No.147
中央学院大学駅伝部キャプテン 箱根駅伝MVP 篠藤 純さん
   
平成20年1月30日号 No.145
わが街のヒーロー 柏レイソルGK 南 雄太さん
   
平成19年11月30日号 No.141
わが街のヒーロー 千葉ロッテマリーンズ 早川大輔さん
   
平成19年10月30日号 No.139
わが街のヒーロー NECグリーンロケッツ 熊谷皇紀さん
   
平成19年09月30日号 No.137
わが街のヒーロー デフバスケットボール 鈴木裕加さん
   
平成19年07月31日号 No.133
わが街のヒーロー 柏レイソルFW 菅沼実さん
   
平成19年06月30日号 No.131
わが街のヒーロー ブラインドサッカー日本代表 佐々木康裕さん
   
平成19年05月30日号 No.129
わが街のヒーロー JOMOサンフラワーズ 山田久美子さん
   
平成19年04月30日号 No.127
わが街のヒーロー プロゴルファー 増田伸洋さん
   
平成19年03月30日号 No.125
わが街のヒーロー 千葉ロッテマリーンズ 大嶺祐太さん
   
平成19年02月28日号 No.123
わが街のヒーロー 佐渡ヶ嶽部屋 琴奨菊和弘さん
   
平成19年01月30日号 No.121
わが街のヒーロー NECグリーンロケッツ グレン・マーシュさん
   
平成18年11月30日号 No.117
わが街のヒーロー プロボクシング日本フェザー級チャンピオン 梅津宏治さん
   
平成18年10月30日号 No.115 
わが街のヒーロー 鳴戸部屋 東小結 稀勢の里 寛さん
   
平成18年09月30日号 No.113 
わが街のヒーロー 柏レイソル 岡山一成さん
   
平成18年07月30日号 No.109 
わが街のヒーロー 北海道日本ハムファイターズ 尾崎匡哉さん
   
平成18年06月30日号 No.107 
わが街のヒーロー JOMOサンフラワーズ 吉田亜沙美さん
   
平成18年05月30日号 No.105 
わが街のヒーロー 千葉ロッテマリーンズ投手 久保康友さん
   
平成18年04月30日号 No.103 
わが街のヒーロー 柏レイソルDF 中澤聡太さん
   
平成18年03月30日号 No.101 
わが街のヒーロー NECグリーンロケッツ 武井敬司さん
   
平成18年02月28日号 No.099 
わが街のヒーロー 柏レイソルFW 北嶋秀朗さん
   
平成18年01月30日号 No.097 
わが街のヒーロー JOMOサンフラワーズ 大神雄子さん
   

平成17年11月30日号 No.093 
わが街のヒーロー 千葉ロッテマリーンズ選手 初芝清さん

   
平成17年10月30日号 No.091 
わが街のヒーロー 幕内在位歴代4位 琴ノ若晴將さん
   
平成17年09月30日号 No.089 
わが街のヒーロー 競歩日本記録保持者 柳澤 哲さん
   
平成17年07月30日号 No.085 
わが街のヒーロー NECグリーンロケッツ 横山洋人さん
   
平成17年06月30日号 No.083 
わが街のヒーロー 北海道日本ハムファイターズルーキー 鵜久森淳志さん
   
平成17年01月30日号 No.073 わが街のヒーロー Jリーガー 宇野沢祐次選手

平成17年01月01日号 No.072−071
あけましておめでとうございますわが街のヒーローからスポーツキッズへのメッセージ


平成21年6月30日号 No.176

わが街のヒーロー
NECグリーンロケッツ
ブライス・ロビンスさん



 我孫子市を拠点に活動しているNECグリーンロケッツ所属の ブライス・ロビンス選手。ラグビー王国ニュージーランド出身で、小さい頃から鍛えられただけあり、全てのプレーの正確さは日本の中でも群を抜く。来日6年目で07年から日本代表にも選出され、チームの要となる選手だ。
 幼い頃ニュージーランド代表選手だった父親の影響で4歳からラグビーを始める。世界bPと言われるチーム「オールブラックス」で活躍する父のスゴさを小さいながら目の当たりにし、今でも一番尊敬し影響を与えてくれた人物は父親だという。
 ラグビーを通じて多くの友人に出会った事、楽しさも、負けから多くの意味を学んだ事も、ラグビーそのものを愛していると語るブライス選手。
 「誰かに『君には出来ないよ』と言わせないよう、自分で一生懸命考えて努力すれば出来るはずだ!」
 そして「エンジョイ!」とにっこり爽やかなスマイルを見せてくれた。
 驚く事に、一番好きな日本食は納豆だという。 4歳になる子どもと一緒に、あけぼの山公園や手賀沼公園によく出かけ、ラグビーボール片手に子どもと遊ぶ事が一番の楽しみだ。
 今秋開幕のトップリーグ優勝を目指し、 暑い、 熱い、 夏の特訓が始まった。

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NECグリーンロケッツ所属。
CTB(センター)。
ニュージーランド出身。
1980年9月19日生まれ、28歳。
183cm、93kg。
 

本人直筆
 

平成21年5月30日号 No.175

わが街のヒーロー
JOMOサンフラワーズ
内海 亮子さん

 

 

   元日本代表で現在JOMOサンフラワーズのヘッドコーチを務める内海知秀監督を父に、三菱電機ダイヤモンドドルフィンズの内海慎吾選手を兄に持つJOMOサンフラワーズの内海亮子選手。そんなバスケ家族の下に産まれ、小さな頃からバスケ三昧の生活を送ってきた。高校時代はインターハイ、国体共に優勝を経験し数多くの全国タイトルを獲得。「高校生の時に日本一という素晴らしい経験を味わえたので、もっと自分自身を追求し、この先も日本一になりたくてJOMOに入った」と語る。今期の全日本総合選手権とWリーグ優勝の2
冠達成は入部6年目にしてようやく手にしたタイトルだ。
 シュートを打つ時はいつも何も考えず、練習通りに無心
で打つ。「練習した事しか試合には出ないから」。「あの人には負けたくない! 優勝したい! とか、目標を持って取り組んでもらいたい。それが達成出来たらうれしいしもっとそのスポーツが大好きになるから!」とキッズにエールを送ってくれた。
 体調管理のため手洗いやうがいはもちろん、シーズン中は生ものを絶対に食べない。当たり前の事のようだがそれだけ体調管理は徹底。チームを引っ張っていけるような選手になりたいと、今期も2冠達成を、そしてオリンピック出場を目指す!

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ウツミ リョウコ
 JOMOサンフラワーズ所属
北海道出身
桜花学園高校卒
1985年9月26日生まれ、23歳
 

本人直筆
 

平成21年4月30日号 No.174

わが街のヒーロー
シドニー五輪 1万メートル走日本代表
高橋 千恵美さん

 

 

 4月6日(月)、松戸にある聖徳大学で入学式を迎えた191名の新入生の中にシドニー五輪一万メートル走日本代表、高橋千恵美さんの姿があった。
 高橋さんが長距離という競技を目指したのは小学校時代に行われた校内マラソン大会で優勝したのがきっかけだった。「頑張れば頑張った分、結果として素直に現れる誤魔化しのきかないスポーツ」。松野明美さんのゴール後に倒れこむぐらいの全力を出し切る走りに影響を受け「苦しいけど自分の限界を追い求め奥の深いところに長距離の魅力を感じる」と振り返る。趣味は海外旅行に食べ歩き。カール・ルイスやモーリス・グリーンと記念写真を撮るミーハーな部分も。そんな彼女は今年、JOC(日本オリンピック委員会)が設立したJOCキャリアアカデミー事業賛同入試制度で同大学人文学部人間栄養学科に入学。「選手時代は貧血に悩まされる事が多かったのですが、実業団には管理栄養士が居なく自分で勉強していました。それがきっかけで」管理栄養士を目指す。3カ月の勉強期間は小論文を中心に「あまり理系は得意じゃないので元素記号から覚えることから始めました」と苦笑い。キッズ達には「感謝・素直・謙虚さを常に忘れずに目標や夢に向かって一生懸命頑張って下さい」とメッセージを寄せてくれた。

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たかはし ちえみ
1976年2月16日生まれ、宮城県出身
聖和学園高校卒
主な成績/98年バンコクアジア大会1万メートル走3位。99年 セビリア世界陸上1万メートル5位。2000年シドニー五輪1万メ ートル走15位。
現在、聖徳大学人文学部人間栄養学科在学中
 

本人直筆
 

平成21年3月30日号 No.173

わが街のヒーロー
マーシャルアーツ日本キックボクシング
ウェルター級 チャンピオン
染谷 敏之さん

 

 

 2月15日に後楽園ホールで行われた日本キックボクシングのタイトルマッチで見事にKO勝利を収めチャンピオンベルトを手にした染谷敏之さん。

 柏生まれ柏育ちの染谷さんは昼間は普通のサラリーマンとして働き、仕事帰りに柏駅近くの柏ジムに通う。キックボクシングに出合ったのは22歳の時。きっかけは「地元の友達も就職してバラバラになってストレスが溜まって、仕事帰りに汗を流してスッキリしたかった」。「ジムで出会った仲間と過ごす時間はすごく楽しいです。正直試合は痛いのであまりしたくないですね」と苦笑しながらも「試合という練習の成果を発揮出来る場所を与えて貰えるところがキックボクシングの魅力」だと語る。
 ランキング上位が引退し10年目に突然訪れたタイトルマッチ。「まだまだ弱いですけれど折角のチャンスだったのでジムへの恩返しのつもりでチャレンジしました」。今後は「仕事もあるので、あと1試合ぐらい出来ればいいかなと思っています。でもキックボクシングは趣味としてずっと続けていきたいですね」とにっこり。

 「どんなスポーツでもやっぱり楽しいのが一番だと思います。あまり気負わず、継続することが大切。長くやればそれなりに上手くなるから」と優しい笑顔でスポーツキッズへエールを送った。

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そめや としゆき
 1978年2月3日生まれ
177センチ75キロ
柏市生まれ
柏五小、柏二中、流山東高卒
柏ジム所属
31歳。

本人直筆
 

平成21年2月28日号 No.171

わが街のヒーロー
中央学院大学駅伝部
木原 真佐人さん

 

 「陸上はただ走るだけという単純なスポーツ。1秒2秒縮めるためには相当の努力が必要。だからこそハマればハマるほど奥が深い。自己ベストを出した時の達成感がたまりません!」と長距離走の魅力を語ってくれた木原真佐人選手。今年の箱根駅伝、華の2区で日本人最高タイムをたたき出した。

 姉の勧めで中1から始めた陸上競技。報徳学園高校陸上部の大先輩である川崎勇二監督を慕って中央学院大学に進
学。1年生でいきなり箱根駅伝1区の区間賞を獲得し、2年生から華の2区を任され、昨年、見事チーム史上初の3位に躍進する原動力になった。

 今年は「チーム全員で3位以上を狙っていた」が、結果は5位。8人抜きで日本人最高タイムをマークした木原選手だが、「チームみんなが悔いのない結果をと思っていたので残念だった。自分自身も昨年より40秒も遅く物足りない。もう少し前の位置でタスキを渡したかった」と冷静に語る。ケガやスランプも負けず嫌いの性格で逃げずに乗り越えてきたという木原選手。

「子どもは夢や目標、可能性を秘めている。辛い事や嫌な事も、目標に向かって楽しく取り組んで欲しい」、そしてやはり「努力が大事だ」ときっぱり。卒業後は、世界陸上、オリンピック出場と夢は大きく広がっている。

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キハラ マサト
中央学院大学駅伝部所属
兵庫県出身
西宮市立塩瀬中、報徳学園高校卒、中央学院大学在籍
大学卒業後はカネボウ へ入社予定
1986年7月13日生まれ、22歳

本人直筆
 

平成21年1月30日号 No.169

わが街のヒーロー
プロテニスプレーヤー
松井 俊英選手

 

 昨年11月に行われた全日本テニス選手権、男子ダブルスで岩渕聡選手とペアを組み2年連続3度目の優勝を果たした松井俊英(ミキプルーン所属)選手。大阪で生まれ、3歳の時柏に転居。幼少時代はサンサン通りや一小通りでよく遊んでいたという。
 テニスを始めたのは小学4年生の時。母が習っていたのがきっかけだった。サッカーや野球などスポーツ万能だった彼が「女のスポーツという印象」のテニスで、母に負けてしまう 。「 それが悔しくて納得いかなくて 。未だにそれが続いています」と笑顔を見せる。もっと上手くなりたい。強くなりたい。気付けばテニスに魅了されていた松井選手は16歳で単身カナダへ留学。もともと海外への憧れが強く「楽しくてしょうがない」留学生活だったと振り返った。テニス中心の環境の中で外国人選手の強さを実感 。「 プロにはなれない 」と弱気になりながらも努力を重ねた 。ハワイでの学生時代にはスポンサー料を前借りして 海外遠征に行き 、赤字になった武勇伝も懐かしさいっぱいだ。
 大学卒業後念願のプロに。座右の銘は「自信」。キッズたちには「自分の才能を信じて頑張ってほしい」とエールを送る。そして松井選手自身はもう一度ウィンブルドンのコートに立つ事と、シングルスでの全日本優勝を目指す。

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まつい としひで
ミキプルーン所属
柏第一小学校、八千代松陰中学校卒業
日本ランキング・シングル9位、ダブルス6位(12月31日現在)
柏市の(財)吉田記念テニス研修センターとマイアミを拠点に活動中
1978年4月19日生まれ
30歳

 

 

本人直筆
 

平成20年11月30日号 No.165

わが街のヒーロー 
JOMO
サンフラワーズ 
田中 利佳選手

 

 柏市を拠点に活動している女子バスケットボール「JOMOサンフラワーズ」のポイントゲッター田中利佳選手は、入部8年目、1on1が得意で今季好調のチームを支える要だ。北京オリンピック最終予選に出場した日本代表にも選ばれ、惜しくもオリンピック出場は逃がしたものの、日の丸を背負い堂々とプレイした。
 「めっちゃポジィティブですよ〜。シュートが決まらないとかうまくいかない事があっても、次につなげればいいし♪って思う」と明るく話す田中選手だが、以前はかなりネガティブ志向だったという。考え方がここまで変わったのは、06年の初戦に膝の十字靭帯切断という大きなケガをしてから。試合に出られず1年間棒にふり、リハビリに追われ、辛い毎日だった。しかし周りの人に支えられ、仲間の大切さを改めて実感。その間、体幹を鍛え、筋力トレーニングや基礎練習に励んだおかげで、復帰後はシュート率が上がり、体の当たりも強くなるなど明らかにパワーアップしたという。「ケガをして良かったです!」とにっこり。辛さをバネに乗り越えたことで前向きになれたと力強く語る。
 今季の目標はもちろんリーグ優勝! 「頑張っていれば見ていてくれる人は必ずいる。そして仲間を大切にね」と後輩キッズにエールを送ってくれた。

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タナカ リカ
JOMOサンフラワーズGF 背番号8
千葉県いすみ市出身
大原中学、昭和学院高校卒
1982年9月3日生まれ、26歳
身長173cm、体重63kg

 

 

 

 

本人直筆
 

平成20年10月30日号 No.163

わが街のヒーロー 
日立
サンロッカーズ  
岩隈 隆士さん

 

  柏市を拠点に活動している日本バスケットボールリーグ(JBL)「日立サンロッカーズ」の岩隈隆士選手は、今季チームの司令塔として活躍する期待の若手選手だ。
 兄の影響で小学2年からバスケットを始め、夢はNBA選手。高校時代、京都府大会では、現チームメイトの竹内譲次選手と横尾達泰選手

が大きな壁となって万年2位に泣いたという。かつて宿敵だった彼らと、今はお互い信頼し合い日本のトップチームを目指す。
 「僕のポジションは難しいけれど、自分の作ったスペースに仲間が飛び込みシュートを決めてくれた瞬間、一番やりがいを感じます」とメンバーの考えや癖を常に細かく把握し、頭を使わなくてはいけないガード役に燃え、やる気満々だ。
 読書が趣味で、中でも『宮本武蔵』に熱中。強いだけではいけない、いろんな事ができなきゃいけないと強く共感し、自分の人生にも大きな影響を受けた1冊だと目を輝かせる。「他の事も出来てバスケも向上するので、バスケ以外にもいろんな事に挑戦したい」と熱く語ってくれた。
 さらに「バスケットをもっとメジャーにし、子どもたちにこの楽しさをもっともっと感じてもらいたい」と、入団2年目の岩隈選手の挑戦は始まったばかりだ。

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イワグマ タカシ
 日立サンロッカーズ所属
福岡県出身
東山高校、早稲田大学卒
背番号21 G(ガード)
1984年6月29日生まれ、24歳
身長185cm、体重82kg

 

 

 

本人直筆
 

平成20年9月30日号 No.161

わが街のヒーロー 
NECファイターズ  
首藤 甲子郎さん

 

  我孫子市を拠点に活動しているラグビートップリーグ 「NEC グリーンロケッツ」で、163cmと小柄ながらWTB(ウィング)として活躍している首藤甲子郎選手。柔道経験を生かした強靭な足腰で相手をかわし、スピードとキレが持ち味の期待の若手選手だ。
 高校時代は名門桐蔭学園の主将としてチームをまとめ、早稲田大学では1年生の時からレギュラーに定着、2度の大学選手権優勝に貢献した。
 「友達とケンカをしたら怒られるけど、ラグビーだと怒られない。スポーツを通しての体のぶつかり合い、ルールのあるケンカで湧いてくるこの感情は、ほかでは絶対に味わえない」とラグビーの魅力を熱く語る。一方、ラグビーに故障はつきもの。今までで一番辛かったのはあごの骨折で、食事は流動食しか摂れず6sも痩せたという。
 トップリーグの中で一番小さい首藤選手は、「小さくてもラグビーが出来るんだと常識を覆したいですね」と意欲満々だ。シーズン中の食事は筋肉の状態をベストに保つため、油と砂糖を一切使わない別メニューを組んでいる。他の人と同じ事をやっていたら勝てないと自己管理を徹底。
 「小さくても大きくてもいいから、絶対に夢を持ってもらいたい」と後輩たちへ力強いエールを送ってくれた。

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しゅとう こうしろう 
大分県出身
桐蔭学園、早稲田大学卒
07年NECグリーンロケッツへ入団。 WTB(ウィング)
1984年5月5日生まれ、24歳身長163cm、体重72kg

 

 

 

本人直筆
 

平成20年8月30日号 No.159

わが街のヒーロー 
北海道日本ハムファイターズ  
村田 和哉さん

 

 身長165cmと小柄な村田和哉選手が小さい頃からの夢を実現させ、今季、北海道日本ハムファイターズに入団。抜群の快足を誇る韋駄天ルーキーだ。
 小学4年生の時、流山市の少年野球チーム 「 加岸ベアーズ 」(当時の加岸クラブ)で野球を始めた村田選手。元々右打ちだったが、当時からかなりの俊足だった村田選手の将来を考えた志村誠彦監督に左打ちへの転向を勧められ、右投げ左打ちへ。
 その後 、 高校時代では俊足を生かした不動の1番バッターで活躍。 大学時代には、7季連続の打率3割を記録。守備にも定評がある。「左打ちにした方がいいと言ってくれた志村監督のアドバイスが僕にとってとても大きな影響となり、今の自分がある。本当に感謝しています」と、少年時代の恩師のことを忘れない。
 野球をやっている上で体が小さくて困った事は特になく、「それより逆に目だって良かったし、体格に恵まれない子どもたちに夢を与えられるのではないか」とにっこり。
 大学時代まで全くの無名選手だった村田選手の座右の銘は『名もない雑草にも陽は当たる』だ。無名とは言え、あきらめなければ夢は叶うと信じプロになった。そんな気持ちを後に続くスポーツキッズたちにも持っていて欲しいと力強く語ってくれた。

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むらた かずや
 北海道日本ハムファイターズ所属。千葉県流山市出身。船橋
市立船橋高等学校、中央大学卒。背番51。外野手。右投左打。
1985年7月23日生まれ、23歳。身長165cm、体重65kg。

 

 

 

本人直筆
 

平成20年7月30日号 No.157

わが街のヒーロー 
柏レイソル 
李 忠成さん

 

 いよいよスポーツの祭典、北京オリンピックが開幕する。サッカー日本代表選手に選ばれ、エースストライカーとして注目を集める柏レイソルのFW李忠成選手。柏の街を第2のふるさととして愛する、『わが街のヒーロー』だ。
 元サッカー選手だったという父の影響を受け、公園で蹴り方やトラップ、心構えなど教わり、気づいた頃にはサッカー三昧の少年時代。
 
04年、プロ1年目はFC東京所属。05年、柏レイソルに移籍し、06年のJ2リーグで石崎監督の期待に応え大活躍。チームのJ1復帰へ大きく貢献した。
 U―19韓国代表に選ばれたこともあるが、昨年2月、日本国籍を取得。自身のことを『新日本人』と称し、日の丸を背負ってピッチに立つという目標に向かい、帰化という人生を変える大きな決断を実行。 U―22日本代表のレギュラーに定着した。それでも北京代表発表前夜は、なかなか眠れなかったと本音をポロリ。
 「チームとしての目標は何色でもいいのでメダルを。自分の目標は何が何でも1点取る」ときっぱり。負けん気の強さはピカ一だ 。 「見ていて気持ちがいいプレー、清々しいなあと思ってもらえるプレーをしたい」。 さらに後輩のスポーツキッズへ「最後まであきらめなければ、頑張った成果は必ず何かに表れるし自分のためになる」と力強く語ってくれた。

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り ただなり
東京都出身。田無高校卒。
04年FC東京。05年柏レイソル。
背番号20。FW。
1985年12月19日生まれ、23歳。
身長182cm、体重74kg

 

 

本人直筆
 

平成20年6月30日号 No.155

わが街のヒーロー 
日立サンロッカーズ  
竹内 譲次さん

 

 205pと長身ながら状況に応じてシュート、ドライブ、パスと使い分けられる器用なマルチ・プレーヤー、竹内譲次選手。日本バスケットボールリーグ(JBL)の日立サンロッカーズに所属し、新人王、2年連続ベスト5に選出されるなど、チームの要となる大型選手だ。
 双子の兄と共に中学からバスケを始め、京都・洛南高3年時に全国高校選抜優勝大会を初制覇。大学1年から兄弟で日本代表にも選ばれ、切磋琢磨し力を伸ばし合ってきた。
 「バスケに限らず自分自身成長を感じられた時や、自分より上だと思っていた人と互角に戦えた時が本当にうれしい」と目を輝かせ、「新しい技術を修得した時のうれしさを忘れなければ、どんどんうまくなるよ」と自身の経験から得た言葉でスポーツキッズを激励。代表に入り海外選手と戦えた事が大きな刺激となり、成長につながったという。さらに「自分のやっている競技への『好き』という気持ちを絶対に忘れないで」と力強く語ってくれた。 
 常に新しい技に挑戦し、努力を重ねチャンスを得てきた竹内選手は、これまでの大型日本人選手には無い、高さに加え3ポイントシュートも打て、運動能力も高いと注目の選手だ。「自分の力を世界でも試してみたい」と次の大きな夢に向かって闘志満々。





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タケウチ ジョウジ
日立サンロッカーズ所属
大阪府出身
洛南高等学校。東海大学卒
背番号15
パワーフォワード
1985年1月29日生まれ
23歳
身長205cm、93kg

 

 

本人直筆
 

平成20年5月30日号 No.153

わが街のヒーロー 
千葉ロッテマリーンズ  
唐川 侑己投手

 千葉県が生んだ高卒ルーキーがプロのマウンドで快挙を達成した。千葉ロッテマリーンズの唐川侑己投手が、高卒新人投手として史上3人目となる、初登板からの3戦3勝を成し遂げたのである。
 今回、取材後に座右の銘をお願いしたら、迷わず「泰然自若」と書いてくれた。「投げる時はいつも自分が一番!と思って堂々と投げている」と穏やかな表情で、力強く語った姿そのものだ。
 唐川投手は、少年野球チーム「成田フォックス」で野球に打ち込みながら空手も習い、学校では陸上部とバスケ部に所属と、多彩なスポーツに挑戦。中でも父と遊び、父に教わったという野球で 頭角を現す。高校 1年 の夏にはベンチ入り を果た し、同年秋から不動の背番号1を担った。小学生時代から制球力が抜群と言われてきたが、自分では特別意識したことはないと言う唐川選手。「同期と早く対戦したい」と目を輝かせた。
 さらに「父の存在はかなり大きく、細かい事に気づいてくれるのはやはり母親。両親の支えがあったからこそ、ここまで安心して投げる事が出来た」と18歳とは思えないほど落ち着いて、臆することなく両親への感謝の気持ちを語り、「家族や友達の存在は大きいから絶対に大事にして欲しい」とキッズの読者にメッセージを贈ってくれた。
 平成生まれのヒーローに続こう!

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カラカワ ユウキ
千葉ロッテマリーンズ所属
千葉県成田市少年野球チーム「成
田フォックス」出身
成田高校卒
背番号19  右投右打

1989年7月5日生まれ
18歳
身長181cm、体重76kg

 

 

本人直筆
 

平成20年4月30日号 No.151

わが街のヒーロー 
全日本フライ級新人王  
林 徹磨さん

  柏市にあるセレスボクシングスポーツジム所属の林徹麿選手は、18歳でプロデビューを果たし、昨年末行われた全日本新人王フライ級決定戦で見事、新人王に輝いた。現在7勝1分、日本フライ級11位。持ち味は自他共に認めるスピード。注目のボクサーだ。
 「自分が強くなっていくのを実感した時、それが楽しい」勝ちに執着し、一戦一戦全部勝ちたいと力強く語る林選手がボクシングを始めたのは、小学校6年生の頃、テレビを見て「かっこいい!」と思い、のめりこんだ。
 しかしプロになって辞めたいと思った事もあるという。毎日朝早くからランニング、日中はアルバイトで生活費を稼ぎ、夜はみっちり練習。1日も休むことはできない。ボクシング詰めの生活にある時急にめいってしまった事があると、本音をぽろり。そんな時「負けてもいいからまずリングに上がれ」とジムの小林会長に後押しされ、リングに立って勝利した感動が忘れられず、その後新人王に。「適度に息抜きしながら楽しく頑張ってもらいたい」と、キッズへのチャンピオンからのメッセージは、温かい。
 林選手が試合の前に必ず食べるというVメシは、大好きなカルボナーラとメロンパン。「負ける時が来るまでこのVメシは続きます!!」とにっこり。あどけない笑顔が残る爽やかファイターのこれからが楽しみだ。

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はやし てつま
セレスボクシングスポーツジム所属
愛知県岡崎市出身
1988年4月4日生まれ
20歳

 

本人直筆
 

平成20年3月30日号 No.149

わが街のヒーロー 
JBL 日立サンロッカーズ 
斉藤 勝一さん

 日本バスケの最高峰、日本バスケットボールリーグ(JBL)今季第6位で、日立柏体育館をホームコートに活躍する「日立サンロッカーズ」。
同チームのスリーポイントシューター斉藤勝一選手は、試合を決めるここ一番のシュート力に加えて、フィジカルの強さで相手を圧倒し、チームに勢いを与えるベテラン選手だ。
 幼い頃野球少年だったという斉藤選手だが、小4の時、バスケットボールの選手だった両親の強い要望で半ば強引にバスケの世界へ。その後、めきめきと頭角を現し、高校時代は下宿をして部活動に打ち込み、2年生の時に全国制覇を達成。「どうして続けられたのか今でも不思議です」とにこやかに当時を振り返ってくれた。
 明治大学卒業後、いくつかの実業団を経て日立サンロッカーズへ入団。「やっていてよかったなあと一番強く感じるのは、いろいろな人に出会えた事」と、アグレッシブなコートでの表情とは一転、穏やかに語る。6歳ですでに身長140pという息子の話になると目じりが下がり「出来ればバスケをやってもらいたいです」とうれしそう。しかし現在サッカーに熱中とのこと。かつての自分の姿と重なる親子関係に苦笑しつつも「継続は力なり」と力強く語ってくれた。

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さいとう しょういち
 背番号41番
SG(シューティングガード)
秋田県出身
能代工業高校、明治大学卒
1974年12月16日生まれ、33歳
身長188cm、85kg

 

本人直筆
 

平成20年2月29日号 No.147

わが街のヒーロー 
中央学院大学駅伝部キャプテン 箱根駅伝MVP
篠藤 淳さん

 お正月恒例の「箱根駅伝」で、我孫子市の中央学院大学駅伝部は、過去最高の3位入賞を果たし大躍進。さらにキャプテンの篠藤淳さんが区間新記録をマーク、他の有力選手を押しのけ満場一致でMVPの「金栗四三杯」に輝いた。
 復路9区を任された篠藤さんは、区間記録を37秒短縮する見事な走りで、チームを6位から一挙3位の順位に押し上げた。「早稲田の背中が見えた気がした」とレースを振り返る篠藤さん。先をゆく2位の早稲田大学とは5分ほどの差があったがその背中を追って無の境地で爆走した。「最初10kmまでは、自分の設定タイムどおり。しんどいから、そこからペースを落とすつもりだったのに」と苦笑。
 中学1年から始めた陸上歴は11年目に突入。強豪ひしめく出身地の兵庫県では無名で、同郷の川崎勇二監督を慕って我孫子へやって来たという。1年生から箱根駅伝に出場、めきめき頭角を現しエースへ、そしてキャプテンとなった。
 3000m障害のスペシャリストでもある。06年の日本選手権で優勝、同競技日本男子歴代10位の記録を保持している。駅伝と障害との両立について「不器用な性格なので、逆に自分を成長させたと思います」と力強く語ってくれた。
 今春卒業後は地元兵庫の山陽特殊製鋼陸上部で北京オリンピック出場を目指す。

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しのとう じゅん
 中央学院駅伝部キャプテン。
兵庫県播磨工業高校卒、
大学卒業後は山陽特殊製鋼へ入社予定。
1985年4月1日生まれ。
22歳。

本人直筆
 

平成20年1月30日号 No.145

わが街のヒーロー 柏レイソルGK 南 雄太さん

  J1復帰元年にして8位と大健闘を見せた柏レイソル。GK南雄太選手は、数多くのスーパーセーブで幾度となくチームのピンチを救った。
 「正直、自分がJ2でプレーするとは思っていなかった」と語る南選手。「厳しかった分、昇格できたときは本当に嬉しかった」「不安が多い中、開幕戦で磐田相手に4―0の結果は選手たちが一番びっくりしたと思う」と本音も。「目標を早く達成し、その後失速してしまった。自分たち次第では3位を狙えるチャンスもあったが、シーズンをトータルで見るといい1年だった」と昨シーズンを振り返った。
 幼稚園でサッカーを始め、中学では読売日本SCJrユースに入団。学校ではバスケットボール部に所属し、サッカーと両立をしていた時期も。
 「サッカーが好き。もし自分の生活からサッカーがなくなったら寂しいだろうな」。サッカーは生活の一部だと話してくれた。昨季リーグ3番目の最少失点にも満足せず、「出場試合数と同じ位の失点にしたい」と11年目を迎える今季も更に上を目指していきたいと力強く語った。
 昨年11月には第3子が誕生。「家族がまた1人増えて、家に帰ると癒されます」とにっこり、父親の表情を覗かせ、「楽しんでスポーツをする事。絶対に諦めずに100%やりきって」とスポーツキッズへメッセージを贈ってくれた。

 

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みなみ ゆうた
 神奈川県出身。武蔵ヶ丘FC、読売日本SCJrユース、静岡
学園高を経て、98年柏レイソル入団。06年からはキャプテン
を務める。
07年33試合出場で防御率1.06。 1979年9月30
日生まれ、28歳。

 

 

本人直筆
 

平成19年11月30日号 No.141

わが街のヒーロー 千葉ロッテマリーンズ早川 大輔さん

 今季、レギュラーシーズンを2位で終えた千葉ロッテマリーンズ。8本の3塁打を放ち、リーグトップの成績を残した早川大輔選手(32)は「3塁打は狙って打てるものでもないし、ボールがいい所に転がってくれただけ。ラッキーです」と微笑んだ。
 小学校時代は野球とサッカーを両立し、両方でキャプテンを務めた経験も。「野球がおもしろかった」と中学からは野球一筋に。
  社会人3年目、25歳の頃「ずっと試合が出来る環境はいいなと思った。自分にも出来るだろうか」とプロを意識し始め、01年のドラフト5位でオリックスに入団。昨年12月、交換トレードでマリーンズに移籍し、今季は自身初となる規定打席にも到達。「思い描いていたシーズンにできた」と安堵の表情をのぞかせた。
 「スポーツと勉強はつながっていると思うから、野球をやるために勉強も頑張った」と学生時代を振り返り、「スポーツでも勉強でも一生懸命取り組めば、大人になった時にその頑張りが効いてくる。とにかく、一度やり始めた事は最後までやりとおす事。自分でやると決めたら投げ出さないで」とキッズ読者にメッセージを寄せてくれた。
 来季の目標は『打率3割』と『アジアNo.1』。「絶対に狙える位置にいる」と熱い思いを語ってくれた。

 

 

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はやかわ だいすけ
 千葉ロッテマリーンズ外野手。右投げ両打ち。浦安市出身。
県立船橋高、立教大卒。本田技研、オリックスを経て06年千葉
ロッテマリーンズ入団。1975年6月3日生まれ、32歳。

 

本人直筆
 

平成19年10月30日号 No.139

わが街のヒーロー NECグリーンロケッツ 熊谷皇紀さん

 NECグリーンロケッツ所属で日本代表の熊谷皇紀選手は、193p、103sと世界の一流選手とも肩を並べる体格で攻撃の要、ロックとして活躍する国内屈指のラインアウトジャンパーだ。9月に開幕したW杯に出場。初戦の対オーストラリア戦で股関節を負傷し、残り3試合はベンチから試合を見守った。「想像をはるかに超えた素晴らしい場所」夢に見ていた世界一の舞台をそう振り返った。
 ラグビーの盛んな福岡県で生まれ育った熊谷選手は、中学1年生の頃、担任が顧問を務めていたラグビー部に入部。めきめきと頭角を現し、名門東福岡高校に進学。高校日本代表にも選出された。
 「大きい選手、小さい選手、いろんな特徴を持った選手が集まってできるスポーツ」とラグビーの魅力を力説。「失敗や挫折はあると思うが、自分の力を信じて、最後まで続ける事が大事」とキッズに激励メッセージも。
 W杯から帰国後、「今度はNECのために全力を注ぎ、結果を出したい。今はラグビーがしたくてたまらない」と復帰に向けリハビリに励んでいる。「ラグビーは自信を持って素晴らしいといえるスポーツ。スタジアムに足を運び、ラグビーの楽しさを体感してほしい」と熱烈アピール。11月18日(日)、地元柏の葉でトップリーグの試合が開催される。

 

 

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くまがえ たかのり
 NECグリーンロケッツLO。日本代表選手。NECネッツエスアイ。福岡県出身。法政大学卒。1978年5月31日生まれ、29歳。

本人直筆
 

平成19年09月30日号 No.137

わが街のヒーロー デフバスケットボール日本代表 鈴木裕加さん

 デフバスケットボール(聴覚障害者のバスケットボール)日本代表で副主将の鈴木裕加選手。昨年春に初選出され、158pと小柄ながら持ち前のガッツでチームを牽引。6月に中国で行われた第2回世界選手権において初出場の日本チームは、全敗。「他国はメンタル面が強い」と世界の強さを肌で感じたという。
 都内のデフバスケチーム『ROUGH(ラフ)』に所属し、06年と07年の「ミミリーグ」では2年連続得点王に輝いた鈴木選手。「チームの中で自分に求められているものは得点力」と力強く語る。
 4歳の時、高熱を出し一晩で聴力を失ったこと、さらに「耳が聞こえない事で苦しんだ事はない」と、屈託のない笑顔で話してくれた。小学6年で、柏市の「旭町ミニバスケットボール」チームに入団。以来バスケに魅了され、大学まで健聴者と一緒にバスケに打ち込み、製薬会社入社と同時にデフバスケへ転向。「目でコミュニケーションを取るのでチームワークがいい」とデフバスケの魅力を語る。「デフバスケを広めて、引退後はコーチなど教える側にも立ちたい」と普及にも意欲的。
 「09年のデフリンピックで1勝する事」と、目を輝かせて必勝を誓い、「今を一生懸命に」「何事も切り替えが大事」と後輩へ大きなエールを送ってくれた。

 

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すずき ゆか
 エミネクロス・デフバスケットボールチームROUGH(東京都)所属。柏市出身。柏陽幼稚園、柏二小、豊四季中、駒込高、明治薬科大学卒業。製薬会社研究所勤務。27歳。

 

本人直筆
 


平成19年07月31日号 No.133

わが街のヒーロー 柏レイソルFW 菅沼実さん

 

 17試合5得点(6月30日現在)とチームの中心的存在として活躍している菅沼実選手。レイソルユース育ちの菅沼選手は、05年にブラジルのヴィトーリア、06年は愛媛FCに期限付移籍をし「精神的にも肉体的にもタフになった」と今季レイソルに復帰。
 母親の勧めで幼稚園の頃にサッカーを始め、ユース時代には実家埼玉から片道1時間半かけて柏に通いサッカー漬けの学生時代を送った。02年10月、2種トップ登録でJリーグデビュー。レイソルの最年少デビュー記録となる17歳5カ月での出場に「頭が真っ白になって無我夢中だった」と当時を振り返った。
 「まずは次の試合に勝つ事。DF陣はしっかり抑えてくれているので、しっかり点を取って勝ちたい」と、一戦一戦の勝利を大事にしている。
 「プロになりたいと強く思っていたらなれる。自分もそう思っていたので、強い気持ちを持って」とプロを目指すキッズにメッセージ。
 「成長していかなければ毎日練習している意味がない。人間的にも成長したい」と座右の銘『成長』を書いてくれた。
 北京五輪でスタメン出場を狙う菅沼選手。周囲の期待が高まる中「代表試合になかなか出場出来ていないので、柏でしっかりアピールしていきたい」と日々進化成長し続ける菅沼選手に注目したい。

 

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すがぬま みのる
 埼玉県出身。柏レイソルジュニアユース、ユース(02年、第2
種トップ登録)を経て04年柏レイソル入団。1985年5月16日生
まれ、22歳。

本人直筆
 


平成19年06月30日号 No.131

わが街のヒーロー ブラインドサッカー日本代表 佐々木康裕さん

 ブラインドサッカー(視覚障害者サッカー)日本代表で活躍中の佐々木康裕選手。7月28日、ブラジルで開幕する「IBSA視覚障害者世界選手権大会」アジア代表としての出場が決まっている。
 小学生時代はサッカーに夢中だったが、視力が無くなり断念。03年、友人に誘われて「ハットトリック」を設立。以来ブラインドサッカーに魅了され、めきめき頭角を現し05年に代表初選出。ブラジル大会を前に「相手は強豪ばかり。一勝を目標に頑張りたい」と闘志を燃やす。
 5人制で特殊な鈴が入ったボールを使用する「ブラインドサッカー」は、視覚障害者4人のフィールドプレーヤーが視力の条件を公平にするためアイマスクを着用。GKは健常者または弱視者が担当。「コーラー」と呼ばれる指示者が相手ゴール裏へ立ち、選手にゴールまでの距離、相手DFの位置などを声で伝える。01
年、W杯日韓大会の交流イベントとして韓国から伝えられた競技だ。佐々木選手は「まだまだ選手人口が少ないので地元から盛り上げていきたい」と普及にも意欲満々。
 「楽しいという気持ちを忘れずにスポーツをやってほしい」とスポーツキッズへもエールを贈ってくれた。
※日本視覚障害者サッカー協会は遠征費捻出が難しい状態だという。広く協力を呼びかけている。
 詳細はhttp://www.b-soccer.jp/へ。

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ささき やすひろ
 ハットトリック(東京都)所属。神奈川県出身。県立千葉盲学校、
麗澤大学卒。現在千葉県庁報道広報室勤務。1975年11月20
日生まれ、31歳。

座右の銘
 


平成19年05月30日号 No.129

わが街のヒーロー JOMOサンフラワーズ 山田久美子さん

 柏市に拠点を置く日本女子バスケットボールのJOMOサンフラワーズは、06―07年のWリーグを制覇。王者に返り咲いた。センターの山田久美子選手は192pの長身を生かし、移籍1年目にして3年ぶりの優勝に大きく貢献。
「全員の優勝したい気持ちが1つになった結果」とチーム力を勝因にあげ、次の目標である2冠達成へ向けた練習に打ち込んでいる。
 同級生の中でも身長が抜きんでて高かったことから小学5年生でミニバスを始めたという山田選手。メキメキ頭角を現し、高校3年生になる春休み、アジアジュニア選手権に出場。「中国に勝つ事を目標にしていたから嬉しかった」と再々延長の末勝利した中国戦が一番思い出に残っていると笑顔で振り返ってくれた。
 6月3日から韓国で開催される「FIBAアジア女子バスケットボール選手権大会」に日本代表として出場が決まっている。「北京オリンピックへの切符を取ってくる」と力強く語る。
 キッズの読者へ「まずはそのスポーツを好きになる事。そして楽しむ事。その結果うまくなりたいという欲が出てくるから」と激励。
 「笑っている間は嫌な事を忘れられる。一日一回でも心の底から笑う事ができたら」と座右の銘である『一日一笑』を大事にしている。

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やまだ くみこ
 福岡県出身。筑紫野市立天拝中、名古屋短大付属高卒業。シャンソン化粧品、日立ハイテクノロジーズを経て、06年ジャパンエナジー入社。1979年2月14日生まれ、28歳。

本人直筆
 

平成19年04月30日号 No.127

わが街のヒーロー プロゴルファー 増田伸洋さん


 昨年6月に行われたプロゴルフトーナメントで、見事ツアー初優勝を成し遂げた増田伸洋プロ。「勝てずに終わる人もいるなかで、優勝できた事は嬉しい」とプロ9年目の初優勝に笑顔がほころぶ。
 小学生の頃は野球、中学ではサッカー、高校時代はラグビーに熱中。小さい頃からスポーツ大好きの増田さんは、柏市にある父親の経営するゴルフ練習場にプロ選手が一人もいないことに心を痛め一念発起、プロを目指してゴルフを始めたという。
 高校卒業と同時に千葉カントリーに研修生として入り、昼はキャディー、夜は練習に明け暮れ、98年、プロテストに合格。「同年代の選手たちに追いつくために無我夢中で練習をした」とゴルフを始める時期が遅かったこともあり多くの試練を乗り越えてきた。
 後輩アスリートへは「結果を気にせずに思い切り、楽しんでスポーツをやってほしい」と力強いメッセージを贈ってくれた。「地元に少しでも貢献したい」と、生まれ育った柏市に車いすの寄付なども行っている。
 「50歳、60歳を過ぎても第一線で戦っていける選手になりたい」「昨年のいい順位から成績を落とさずに、高いレベルを維持したい」とプロ10年目の節目の年を迎え、気合い十分、やる気満々だ。

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ますだ のぶひろ
 イーグルポイントGC所属。柏市出身。柏三中、流通経済大学付属柏高卒。1973年3月10日生まれ、34歳。
増田伸洋さん

本人直筆
 


平成19年03月30日号 No.125

わが街のヒーロー 千葉ロッテマリーンズ 大嶺祐太さん


 昨年のドラフト1位で千葉ロッテマリーンズに入団した注目のルーキー、大嶺祐太投手(18)。沖縄・八重山商工高3年の時、春・夏連続で甲子園出場を果たし、春の選抜大会では17奪三振と大活躍。期待の大型投手として注目を集めた甲子園出場は、今までで一番嬉しかったことという。「故障していて、1年ぶりの公式戦で思いっきり投げて最後までスタミナが切れなかった」と大きな自信にもつながった当時を振り返り、八重山の「島」代表として、島全体の後押しで出場できたとふるさとへの感謝の思いは、今なお熱い。
 小学2年で野球を始め、中学2年の時、チームの主力として世界大会3位に入る快挙に貢献。小学校から高校まで一貫して指導を受けた伊志嶺監督には「野球のことだけではなく、マナーや常識など生活面もきつく指導された」と恩師との絆は深い。少年野球の後輩へは「しっかりと目標を持って、楽しく野球を続けて欲しい」と激励。
 いよいよプロ野球開幕。キャンプ、オープン戦を経験し「ストレートが武器。しかしプロは甘くないし、難しい」と高校までとの違いを実感。「焦らずに、怪我をしない体作りをし、1軍に上がって投げたい」と現在は2軍の浦和球場で特訓、闘志を燃やす日々。マリンスタジアムのマウンドでの勇姿に期待が募る。

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おおみね ゆうた
 千葉ロッテマリーンズ投手。右投げ、左打ち。沖縄県出身。八重山商工高卒。1988年6月16日生まれ。

本人直筆
 


平成19年02月28日号 No.123

わが街のヒーロー 佐渡ヶ嶽部屋 琴奨菊和弘さん


 2月26日(月)に発表された三月場所番付で、前頭筆頭から新三役に昇格した琴奨菊和弘さん。9勝6敗の好成績で終えた1月場所は、「やれば出来るという自信が持てた」と振り返る。
 「相撲を取るために生まれてきた」という琴奨菊関は、幼い頃から力士になる事を夢見てきたという。地元福岡県柳川市は相撲が盛んで、大相撲ファンの祖父の影響もあり、小学3年生で相撲を始め、片道1時間かけて道場へ。実家の庭に土俵を作ってもらい、毎日相撲に明け暮れた。中学、高校は高知県の明徳義塾へ相撲留学。中学3年の全国中学校相撲選手権大会で見事優勝、頂点に立った。中・高時代同期の豊ノ島関(時津風部屋)の存在も大きく、今も良きライバルだと語る。
 「体が小さいので、努力しなければ通用しない」と『努力』する事の大切さを実感。「目標と夢を持って欲しい。努力は必ず報われるので、諦めずに頑張って」とスポーツキッズへメッセージを贈ってくれた。
 「どんな相手でも真っ向勝負する」「自分らしい相撲を取り、皆さんに喜んでもらえるようにこれからも努力を続ける」と誓ってくれた琴奨菊関。3月11日(日)に初日を迎える3月場所での活躍に注目したい。

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ことしょうぎく かずひろ
 本名菊次一弘。佐渡ヶ嶽部屋(松戸市)所属。幕内戦歴94
勝86敗(12場所)、技能賞1回、十両優勝1回。福岡県柳川市
出身。1984年1月30日生まれ、178cm、154kg。

本人直筆
 


平成19年01月30日号 No.121

わが街のヒーロー NECグリーンロケッツ グレーン・マーシュさん


 我孫子市を拠点に活動している社会人ラグビー「NECグリーンロケッツ」で、フランカーとして活躍しているグレン・マーシュ選手。
 グレン選手は、ラグビー王国ニュージーランドで生まれ育ち、5歳でラグビーを始めた。元フランス代表で双子の弟トニー・マーシュ選手と一緒にプレーした時期は思い出深いという。幼い頃から父親の存在は大きく「100%の力を出す事と、戦う精神を教えてくれた」と笑顔で語る。
 30歳を前に海外での新たな挑戦に賭け、来日6年目。NECの中心選手の一人としてチームを引っ張る。「寂しさもあるけれど、ラグビーができて幸せ」とビッグスマイルで答えてくれた。
 スポーツを頑張るキッズに「信じれば成し遂げられる。諦めずにトライし続ける事、1日の終わりに自分を見つめなおす事も大事」とエールを贈ってくれた。
 人生を考えさせられるような言葉が好きだと語るグレン選手。色紙に書いてくれた座右の銘は、夢見るだけではなくその夢を実現することが大切だと教えてくれる。今月閉幕したトップリーグは、7勝6敗7位とNECにとって残念な結果で終わったが、「良くなり続けるように、高い目標を掲げ向上していく」と悔
しさをバネに勝利への意欲を力強く語ってくれた。

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Glen Marsh
 NECグリーンロケッツFL。ニュージーランド出身。NZA代表、
NZマオリ代表。1972年8月12日生まれ、34歳。

 

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本人直筆

平成18年11月30日号 No.117

わが街のヒーロー プロボクシング日本フェザー級チャンピオン 梅津宏治さん


10月14日に行われた日本フェザー級タイトルマッチで、野田市出身の梅津宏治選手(30)が、念願の新チャンピオンに輝いた。「勝つ自信はあった。ベルトを取る事を最優先に、冷静にできたことが勝因」と試合を振り返る。「判定で、新チャンピオンと呼ばれたら僕の勝ち。新という言葉を聞いた瞬間、とても嬉しかった」
とチャンピオンになった瞬間の気持ちを熱く語ってくれた。
 梅津選手は小学校でサッカー、中学校で剣道、高校ではラグビーと、様々なスポーツを経験後、格闘技に移行。大学進学と同時に新松戸のボクシングジムに入門しプロライセンスを取得。2年前にワタナベジム(東京都・五反田)に移籍し、30歳で見事、チャンピオンに。まだまだ体力、技術ともに向上中だという。
 「人とのつながりのおかげで今がある。人との出会いを大切にしたい」と、現在も南柏のスポーツクラブでボクシング教室を手伝っているという。「諦めたらそこで終わり。目標を持って、為せば成る」とキッズへメッセージをくれた。
 (見出し直筆の)座右の銘は、大好きなガンダムに出てくるランバ・ラルの名言から。「彼のように熱い男になりたい。熱いハートを持ってクレバーに戦いたい」来春3月3日に初の防衛戦を迎える。

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うめつ こうじ
 プロボクサー(ワタナベジム)、日本フェザー級チャンピオン。
野田二中、鎌ヶ谷高、日本大学卒。1976年9月29日生まれ、30歳。

 

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本人直筆

平成18年10月30日号 No.115

わが街のヒーロー 鳴戸部屋 東小結 稀勢の里 寛さん


 無敵を誇る横綱の朝青龍関から金星を挙げ、9月場所を8勝7敗と勝ち越して殊勲賞に輝いた弱冠20歳、鳴戸部屋の稀勢の里関。「(朝青龍関を倒してからは)拍手をたくさんもらうようになったし自信にもなった」と先場所を振り返る。
 稀勢の里関が本格的に相撲を始めたのは、4年半前の中学卒業後という。それまでは野球少年として練習に明け暮れながら相撲好きの父親の影響もあり、テレビでの相撲観戦が好きで、個人で相撲大会にも出場。特に若の里関に憧れていたことと鳴戸部屋がテレビでよく紹介され、稽古量が多い事を知り、やるからには上に行きたいと考え入門を決意。
 平成14年3月場所で初土俵を飾り、その後めきめきと頭角を現す。今年の7月場所では早くも小結に昇進。相撲を始めてわずか4年半の大出世。「まだまだこれからですよ」といたって謙虚で、「圧力勝ちできるような力士になりたい」と稽古にも熱が入る。
 野球少年だった自身の経験から「みんなもいろいろな事にチャレンジしてほしい」と後輩キッズへアドバイス。
 11月場所を目前に「やるからには勝ち越し! すべて場所前の稽古次第」と気合い十分。松戸市八ヶ崎の鳴戸部屋から大関、さらに横綱誕生への期待が膨らむ。

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きせのさとゆたか 本名萩原寛。鳴戸部屋(松戸市)所属。
幕内戦歴94勝86敗(12場所)、殊勲賞1回、敢闘賞1回、幕下
優勝1回。茨城県牛久市出身。1986年7月3日生まれ、20歳。
188cm、155s。

 

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平成18年09月30日号 No.113

わが街のヒーロー 柏レイソル 岡山一成さん

「気持ちは誰にも負けない。チームにプラスになるように盛り上げ役になる」と、新体制記者会見で話したとおり、今季の柏レイソルの顔となって大活躍の岡山一成選手。04年の川崎フロンターレ、05年のアビスパ福岡でJ1昇格に貢献、3年連続の昇格を目指し、チームを鼓舞する。
 「小学生の頃、良い環境の中で楽しくサッカーができたから今につながっている」という岡山選手は、他のスポーツも一通り経験し、サッカーを選択。初芝橋本高校2年の時、高校選手権に出場。国立競技場で行われたベスト4をかけての一戦で、決勝点を入れた事に「感動した」と振り返り、「サッカー以上におもしろいものはない」ときっぱり語る。長身を生かしたヘディングが得意の岡山選手だが、中学時代、身長が伸びずに悩 み、毎日1リットルの牛乳を飲んでグングン成長したことから「好き嫌いせず牛乳をたくさん飲んで、サッカーを楽しんで下さい」とキッズへメッセージを贈ってくれた。
 J2残り9試合。ホームでの勝利後、イレブンが披露する勝利ダンスは「岡山劇場」と呼ばれ、今季、柏の名物になった。現在期限付き移籍中だが、サポーターから完全移籍を熱望されている。昇格を決めて、真の太陽戦士誕生が待ち遠しい。(座右の銘は軌保博光著作の本のタイトルから)

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おかやまかずなり 大阪府出身。赤坂台中、初芝橋本高
卒。横浜F・マリノス―大宮アルディージャ―横浜F・マリノス―セ
レッソ大阪―川崎フロンターレ―アビスパ福岡(期限付)―06年
柏(期限付)。1978年4月24日生まれ、28歳

 

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本人直筆

平成18年07月30日号 No.109

わが街のヒーロー 北海道日本ハムファイターズ 尾崎匡哉さん


 北海道日本ハムファイターズの次代を担う期待の大型内野手、尾崎匡哉選手。
 02年、春の甲子園選抜大会で兵庫県報徳学園高校の中心選手として活躍。優勝の栄冠を手に、ドラフト1位でファイターズに指名され入団を決意。「日ハムに指名されると思ってもいなかったので正直びっくりした」と当時を振り返ってくれた。
 現在は、鎌ヶ谷市を本拠地とするイースタンリーグで打数3位、安打同率1位、打率3割3厘(7月13日現在)と好調をキープし、1軍入りを狙っている。
 尾崎選手の野球人生は、小学2年生の頃地元チームへの入団から始まる。ピッチャーとして出場した初試合は、3―33で大敗、今でもしっかり記憶に残っているという。「目標を持って、楽しく野球をやって下さい」と、後輩を激励。
 プロになってからは、私生活、選手生活共に何をしても最終的には全て自分に返ってくるので責任感をずっしりと感じ、食生活などにも気を遣っているという。「早く1軍の試合に出たい。いつ呼ばれてもいいように準備はしている」と、闘志満々。そんな尾崎選手の素顔が自身のブログで語られ、注目度急上昇中。地元から1軍入りを熱烈応援しましょう。
http://iac-npo.de-blog.jp/ozaki/

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おざきまさや 北海道日本ハムファイターズ内野手。右投
げ右打ち。兵庫県出身。報徳学園高卒。03年北海道日本ハム
ファイターズ入団。1984年6月2日生まれ、22歳。

 

 

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本人直筆

平成18年06月30日号 No.107

わが街のヒーロー JOMOサンフラワーズ 吉田亜沙美さん


 柏市に拠点を置く、女子バスケットボール「JOMOサンフラワーズ」期待のルーキー吉田亜沙美選手は、今春、高校を卒業したばかりで日本代表候補に選出され、現在、スペインで行われている第3次強化合宿に参加している。
 実業団の選手だった父をはじめ、母、姉も現役のバスケットボールプレーヤー。初めて父・康行さんのプレーを間近に見た時、子ども心に「すごいなあ。ああいうプレーヤーになりたい」と決意。小学2年生の時、地元チームに入団、高校時代は名門東京成徳高でインターハイ、国体の完全制覇を達成。そして「憧れの田中さん、諏訪さんと一緒にプレーをしたい」とJOMOへ。
 ポジションはポイントガード。「ディフェンスが好き。シュートが入る前にはいいパスが必要。それで自分は頑張れている」と語る。試合前は寝付けないこともあり、自分のいいプレーをイメージしながら眠り、試合では、コートに入る前に床を触ると落ち着くそうだ。今年の目標は「9月のWリーグ開幕までに大神さんと交代でチームを引っ張っていけるようにすること」。愛称は「リュウ」。「練習を真面目にやっていけば、上達
する」と後輩へエールを贈る。将来、アメリカのWNBAでプレーするのが夢という、キュートな18歳。

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よしだ あさみ 東京都出身。東京成徳中、東京成徳高卒
業後、ジャパンエナジー(JOMOサンフラワーズ)入社。1987年
10月9日生まれ、18歳。

 

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本人直筆

平成18年05月30日号 No.105

わが街のヒーロー 千葉ロッテマリーンズ投手 久保康友さん

 昨季、球団55年振りの快挙となるプロ1年目での10勝を成し遂げ、見事新人王に輝いた千葉ロッテマリーンズの久保康友投手。「野球人生を終えるときに振り返り、結果的に良かったなと思えれば」と、現在の記録にこだわりはもっていないと語る。
 小学1年の時、高校野球の監督を務めていた父や、兄の影響で自然に野球を始めたという。甲子園出場よりも、先輩から受け継いできた『関大一高』の名を汚さないようにという思いだけで、野球に熱中。その結果、春夏連続甲子園出場を達成し、春の選抜では準優勝の快挙を成し遂げた。野球だけではなく、勉強も怠らず、文武両道を目指したと力強く振り返ってくれた。
 高校卒業後は社会人野球の松下電器に入社。「お金をもらって野球をする事は、結果を出さなければいけない。責任感が全然違う」と、学生時代と違う大きなプレッシャーの中、2年目でチームの初優勝に貢献。「優勝が決まった瞬間は、あまりのうれしさで記憶がない」とにっこり。「強い意志を持って最後まであきらめずに、リスクもわかったうえで頑張ってほしい」と、プロを目指す子どもたちにエールを送ってくれた。今シーズンの目標は挑戦し続ける事。「チームに絶対必要なピッチャーになりたい」とV2を目指す。

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くぼやすとも 千葉ロッテマリーンズ投手。右投げ右打ち。奈良県出身。関大一高卒。松下電器から05年千葉ロッテマリーンズ入団。1980年8月6日生まれ、25歳。

 

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平成18年04月30日号 No.103

わが街のヒーロー 柏レイソルDF 中澤聡太さん


 「今季はJ1復帰が目標」と、力強く語る柏レイソルDFの中澤聡太選手は、市立船橋高校から大型新人として入団。6年目となる今季は、守備の要としての期待を担う。
 7歳上の兄の影響でサッカーを始めたという中澤選手は、浦和レッズジュニアユースを経て市立船橋高校に進学し、2年生の時、全国選手権で優勝を経験。「とても厳しかったけれど、友達とのきずなも深まり、乗り越える事ができた。市船の監督は勝ちにこだわる監督で、自分の甘い考えを全て変えてくれた」と当時を振り返る。一番印象に残っている試合は、浦和レッズジュニアユース時代の最後の全国大会出場を賭けた一戦で、 当時横浜マリノスユースに所属していた鈴木達也選手にVゴールを決められて負けたシーンは、今でもしっかりと覚えているという。サッカーに明け暮れた少年時代を思い出すように「楽しみながらも、どうすればうまくなるのかを常に考えて、サッカーをして欲しい」と後輩へ託す。
 「今はJ2だけど、常にJ1の事を考えてJ1でも通用するサッカーを目指す」「柏に不可欠な選手になりたい」と熱く語っていたが、3月29日の練習中に負傷し、左膝内側側副靭帯損傷により全治約6週間と診断された。1日も早く回復しピッチに戻ってその勇姿を見せて欲しい。

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なかざわそうた 東京都出身。朝霞二中、市立船橋高卒。
'01年柏レイソル入団。1982年10月26日生まれ、23歳。

 

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本人直筆

平成18年03月30日号 No.101

わが街のヒーロー NECグリーンロケッツ 武井敬司さん

 日本代表に選ばれ、本日、フランス合宿へ旅立つ、社会人ラグビー「NECグリーンロケッツ」の武井敬司選手。高岩ヘッドコーチも「足腰が異常に強く、身体能力も高い」と評価する逸材。「遠慮しないでアピールしていきたい」と語る言葉に力がみなぎる。
 チームは2月下旬の日本ラグビーフットボール選手権大会決勝で東芝府中と引き分けて共に優勝、4年連続でタイトルを獲得した。「勝敗をつけたかった」と悔しさをにじませたが、試合直後は素直に優勝を喜んだと言う。3月12日(日)、ホームグラウンドの我孫子市内で行われた優勝応援感謝イベントでは、大勢のファンと優勝の喜びを分かち合った。
 小中学校時代は野球、バスケに熱中しながらも、社会人ラグビーの選手だった父・英雄さんの影響で、小学1年生からラグビーの練習にも参加。高校入学後、本格的にラグビーに取り組み、日本大学を経て03年NECへ。1年目、トップリーグデビュー直後から怪我に泣かされてきたが、ここへきて完全復活。「ラグビ
ーはすごい面白いスポーツ。一度、生で観戦したらハマる人が多いと思う」と太鼓判を押す。「将来、結婚して子どもにプレーしている姿を見せることが夢」だと笑顔で語る。今後が楽しみな大型ラガーマンだ。

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たけいけいじ 日本代表選手。NECグリーンロケッツFB。
NECブロードバンドネットワーク事業本部IPネットワーク事業部
品質保証部。神奈川県出身。1980年6月1日生まれ、25歳。

 

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平成18年02月28日号 No.099

わが街のヒーロー 柏レイソルFW 北嶋秀朗さん
 99年、柏レイソルのナビスコ杯優勝、00年の年間勝ち点1位に大きく貢献したFW北嶋秀朗選手が移籍先の清水エスパルスから今年、柏レイソルに完全復活した。「今年も正直、J1でエスパルスと契約する道もあった」と明かすが、J2降格が決まった時、悲しい気持ちになったという古巣からのオファーに心が動き、復帰を決意。今年は「J1昇格だけが目標」ときっぱり。昇格後は「レイソルでJリーグ優勝」という第二の夢がある。理想の人物という徳川家康は「ずっと我慢して、力を蓄えてチャンスの時に一気に天下を取った」。自らも「チャンスが来た時、ものに出来るよう」心に秘めている。
 小学校1年生の時、近所にあるクラブチームのサッカーボール型特製ケースに憧れてサッカーを始め、中学2年生の時に誕生したJリーグを見てプロを目指したという。レイソル入団後、当時サテライトコーチだった池谷友良さん(柏レイソル元監督)に「練習から常に全力でプレーしろと言われ続けたことは、今でも肝に銘じている」。0 2年に結婚し1児のパパでもある。「移籍前は中堅だったけど復活したらおじさんみたい」と笑うが、若手とともに今シーズ頑張っていく覚悟は出来た。J2リーグは3月4日開幕。復活した「キタジ」の活躍に期待したい。
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きたじまひであき 
習志野市出身。習志野四中、市立船
橋高卒。元日本代表。'97柏―'03清水(期限付)―'04清水― '06柏。
1978年5月23日生まれ、27歳。

 

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平成18年01月30日号 No.097

わが街のヒーロー JOMOサンフラワーズ 大神雄子さん

 柏市に拠点を置く、女子バスケットボール「JOMOサンフラワーズ」の司令塔・大神雄子選手の今季の活躍に注目が高まっている。1月上旬、全日本総合選手権のトヨタ自動車戦では一人で36点を上げた。それでもベスト4に終わり「もっと周りを生かせたんじゃないか」と振り返る。
 大神選手は、山形大学のバスケ部を指導している父・訓章さんの影響で、小さい頃からボール遊びに熱中。小学2年生の頃、父親のコーチ留学に伴い、家族とともに1年間渡米。NBAを間近で観戦し、マジック・ジョンソン選手などに憧れを抱き、帰国後、スポ少のクラブに入部。中学生の頃から日本のトップチームに入りたいと、名門桜花学園高を経て、サンフラワーズへ。入団5年目、「シン」の愛称で親しまれている。
 03―04年のWリーグ優勝がこれまでで一番印象深く、特にファイナル第4戦、「1点差でシャンソンに勝って、初めて優勝をコートで味わった。監督の信頼を得られたことが自信になった」と語る。今季は、現在5位と低迷。「プレーオフ(4位以内)に行くことを信じてやるだけ」とディ
フェンスに力を入れて特訓中。08年の北京五輪出場はもちろん、将来、最大の夢はアメリカでプレーすること。更なる飛躍を期待したい23歳、戌年生まれの年女だ。

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おおがゆうこ 山形県出身。山形一中、桜花学園高卒業後、ジャパンエナジー(JOMOサンフラワーズ)入社。1982年10月17日生まれ、23歳。

 

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平成17年11月30日号 No.093

わが街のヒーロー 千葉ロッテマリーンズ選手 初芝清さん

 
 
 31 年ぶりの日本一と、初代アジアチャンピオンに輝いた今年の千葉ロッテマリーンズは、すごかった。その栄冠はリーグ優勝を決めた初芝清選手の渾身の内野安打抜きには語れない。
 チーム在籍17 年のベテランが「球史に残る5試合」と語るプレーオフ対ソフトバンク戦。2勝2敗で迎えた最終戦の8回表、1―2とリードを許した場面に、代打として登場。「何が何でも塁に出る。それ以外考えなかった」と振り返る打席で、魂のひと振り。サードへの打球は決していい当たりではなかったが内野安打となり、逆転劇を生み出す原動力となった。
 「引退」を決意して臨んだ最後のシーズンを、自らの活躍で見事なまでの大輪の花を咲かせ、有終の美を飾った。今は「ほっとしている」と語る一方、「今後も野球関係に携わっていきたい。野球人口がどんどん増えていってくれれば」と願う。
 小学校4年生から始めた野球人生で「人との出会いや、目標に向かって一生懸命努力するということを学んだ」「ひとつのことをやり遂げられた。そのためにいろんな努力をしてきた」とにっこり。「野球に限らず、まず、プレーして楽しむ気持ちを持って欲しい」と願う。生涯打率2割6分5厘。惜しまれつつ、ユニフォームを脱いだ。

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はつしばきよし 元千葉ロッテマリーンズ選手。二松学舎大付属高卒。東芝府中から89年ドラフト4位で入団。95年打点王。東京都出身。1967年2月26日生まれ、38歳。

 

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平成17年10月30日号 No.091

わが街のヒーロー 幕内在位歴代4位 琴ノ若晴將さん

 
 84年3月、佐渡ヶ嶽部屋に入門、90年11月場所で新入幕を果たし、現在幕内在位89場所歴代4位の記録を更新中の琴ノ若関。先の9月場所では東前頭十三枚目、8勝7敗で勝ち越しを決めファンを沸かせた。37歳、幕内最年長力士でもある。
 小学4年生から柔道を始め、中学時代は砲丸投げにも挑戦した琴ノ若関が、中学2年生の時、師匠にスカウトされたものの当時は相撲が嫌い。悩んでいるうちに、出身地・尾花沢市での壮行会が決定、やむなく入門したと笑う。2カ月後に初土俵を踏んだ。「想像以上に厳しかった」と当時を振り返る。「どんなスポーツであれ何事にも一生懸命。中途半端は一番いけない」との言葉が心に響く。1人息子の将且くん(小2)も地元のスポ少に入団、親子で相撲道に邁進。
 11月場所(13日〜)では「悔いの残らないように精一杯相撲を取るだけ」と意気込みを披露。同月、師匠・佐渡ヶ嶽親方が定年を迎えるため、部屋の継承という重責が待っている。多くのファンに支えられ、最近は「感謝の気持ちで相撲を取っている」と語る。そして「強い力士を育てていきたい」「師匠からの『怪我は稽古で治す』との教えを、若い衆にも伝えていきたい」との熱き思いを秘め、最後の場所に臨む。

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ことのわか てるまさ 本名・鎌谷満也。佐渡ヶ嶽部屋(松戸市)所属。幕内戦歴603勝648敗84休。最高位・関脇。191p、181s。山形県尾花沢市出身。1968年5月15日生まれ、37歳。

 

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平成17年9月30日号 No.089

わが街のヒーロー 競歩日本記録保持者 柳澤 哲さん

 
 競歩の10km、20km、5000mの日本記録保持者で、シドニー五輪20km競歩日本代表の柳澤哲さんは、今年4月から東京大学大学院の研究員として、ウオーキング教室などを担当、週に数回柏の葉キャンパスへも足を運んでいる。
 小学生の頃から、市民マラソンに出るなど陸上に親しんできた。高1の秋、マラソン大会ではビリから2番目だったが、競歩では2位に入賞したことがきっかけで、無我夢中で練習。今年2月まで約10年間、綜合警備保障陸上部の選手として数々の大会で優勝、日本記録を更新してきた。
 競歩クラブチーム「陸歩(りっぽ)クラブ」の白井一夫コーチの言葉が忘れられない。負けてへたり込んでいると「お前に何て声をかけたらいいか考えてたら、胃が痛くなってきたよ」と言われ、つくづく「(個人種目だけれども)個人種目じゃないなあ」と実感。日本記録ペースをキープしていながら、ラスト1周で失格となったアトランタ五輪の国内最後の選考会が、忘れられないレースだと振り返る。あまりのショックに涙があふれ、すぐにはチームの所に戻ることができない状態だったと言う。シドニーでは晴れて代表となり、22位に。現在は、研究員として忙しい日々を送る一方、現役選手としても来年の国体出場を目指したいと意欲を燃やす。

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やなぎさわさとし 東京大学大学院新領域創成科学研究科附属生涯スポーツ健康科学研究センター研究員。長野県出身。山梨学院大卒。1971年1月19日生まれ、34歳。

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平成17年7月30日号 No.085

わが街のヒーロー NECグリーンロケッツ 横山洋人さん

 「ノック」の愛称で親しまれている流山市出身のラガーマン・横山洋人選手は、我孫子市に拠点を置くNECグリーンロケッツのフランカー。 社会人入り5年目の今年にかける思いはひと際強い。2年目にトップリーグ初戦でデビューを飾り、3年目、やっていけるという自信を掴んだ矢先、以前手術した肩とは反対の肩を脱臼、4年目の昨年はリザーブ止まり。満を持して臨む今年は怪我もなく、代表組不在時にはリーダーシップも発揮。まずは8月20日のファルコンズ戦(英国)のスタメンを目標に、9月開幕のトップリーグ定着を狙う。
 中学生の頃「スポーツで1番になりたい」と、サッカーでの高校進学も考えていた横山選手だが、先生達のアドバイスもあり、ラグビーを選択。流経柏高で朝から晩まで基礎練習を繰り返した日々は「本当にきつかった」と振り返る。高3の時に花園で大敗、大学でも1部残留はしたものの入れ替え戦を経験、大学選手権出場を逃した悔しさをバネに、一回り大きく成長。
 「高校は僕の原点。笛が鳴るまでの一所懸命さがすごく好き」と、今も時折高校で後進を指導。ずっとラグビーに関わっていきたいと語る。恩師の松井英幸監督には「お前が頑張っている姿は後輩たちが見ているんだから、頑張れ」と激励されている。

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よこやまひろと NECグリーンロケッツFL。ブロードバンドネットワーク事業本部IPネットワーク事業部品質保証部。流山市立東小、流山市立東部中、流経柏高、流経大卒。1978年8月24日生まれ、26歳。

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平成17年6月30日号 No.083

わが街のヒーロー 北海道日本ハムファイターズ 鵜久森淳志さん


 日本ハムファイターズ注目のルーキー・鵜久森淳志選手は、昨年、愛媛県済美高校のスラッガーとして、春の甲子園初出場初優勝、夏も準優勝を成し遂げた立て役者。
 現在は、鎌ヶ谷スタジアムを本拠地のイースタンリーグで活躍中。6月19日(日)の対巨人戦ではプロ初ホームランも飛び出し「久しぶりで気持ちよかった」と、虎視眈々1軍入りを狙っている。7月24日(日)に行われる「プロ野球フレッシュオールスターゲーム2005」のパ・リーグ代表選手にも選ばれた。
 鵜久森選手は、小学4年生の時に友達に誘われ、地元のソフトボールチームへ入団、その後硬式野球チームでプレー。そして高校時代、ピッチャーから打者へ転向。高校1年生の夏、子どもの頃から憧れていたプロに行きたいとの思いを強め、たくさんホームランを打てば注目されるかなと、一層練習に熱中。「高校時代は帰るのも遅くきつかった。絶対戻りたくない」と振り返るが「練習はうそをつかない」との強い確信も持てた。
 現在寮生活を送る鎌ヶ谷は「野球するにはぴったしの環境」。オフには大好きな洋服を買いに電車で新宿など都内に出かけることもあるという。
 目標は巨人の小久保裕紀選手。1軍に上がったら「夢である三冠王を取りたい!」と語る期待の大型ルーキーだ。

 

うぐもりあつし 北海道日本ハムファイターズ外野手。愛媛県出身。松山市立久枝小、松山市立北中、済美高卒。
1987年2月1日生まれ、18歳。

 
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平成17年2月28日号 No.075

わが街のヒーロー 野球評論家 谷澤健一さん


 中日ドラゴンズの選手として活躍した17年間の現役時代は、新人王や2度の首位打者を始め、数々のタイトルを獲得するなど、球界を代表するトッププレイヤーで、現在は野球評論家としても人気の谷澤健一さんは柏市出身。
 谷澤さんに野球の楽しさを教えたのは、小学5年生の時の担任・寺島重忠先生。当時はテレビもなく、プロ野球の選手に接するのはべい独楽やメンコだったという中、昼休みになるとキャッチボールに誘われ「褒めてくれて、子ども心に興味がわいた」と。「華のあるいい時代に優勝できた」という早大時代を経てプロ入り。ルーキーでの活躍から首位打者へと脚光を浴びるが、78・79年、アキレス腱炎症で出場が激減。「非常に悔しく、崖っぷちで苦しむ思いをした。あれがなければ今の私はない」との言葉通り、80年、見事復活を遂げ再び首位打者に。85年には史上22人目の2000本安打を達成し名球会入り。「野球には非常にロジックが潜んでいる。毎日積み重ねだと思って、プレーして」と子どもたちを激励。自身も「野球を通じて様々な人に育ててもらったし、次なる目標もどんどん教えてくれた」と振り返る。現在は社会人野球の監督、大学の客員教授としても活躍中。

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やざわけんいち 元中日ドラゴンズ内野手。柏一小、柏中、習志野高、早稲田大卒。ベストナイン5回、カムバック賞、月間MVP3回。通算1931試合出場、打率3割2厘。1947年9月22日生まれ、57歳。

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平成17年1月30日号 No.073

わが街のヒーロー Jリーガー 宇野沢祐次選手


  入団4年目、ここ一番の勝負強さでは群を抜く、柏レイソルFW宇野沢祐次選手。昨年12月のJ1・J2入れ替え戦でもその真価は発揮された。
 第2戦の前半は「自分が固くなるのが分かるくらい」というプレッシャーの中での戦いだったが、後半12分、価値ある先制ゴールを決め、J1残留を決定的なものにした。

 宇野沢選手は松戸市出身。現在の21世紀と森の広場周辺でザリガニ釣りをした思い出も。幼稚園入園前には、住んでいた団地の前にある芝生の上でサッカー遊びに熱中。小学校時代はFCゼンニチ、ユーカリイーグルスでプレーし、松戸市代表の「松戸FC」に選出されるなど、早くから才能が開花。

 中学・高校時代は柏レイソルユースで活躍。02年、高校卒業と同時にプロ入り。ルーキーながら、02年8月17日、磐田戦でデビューを飾り「自信がついた」と振り返る。

 今はプロとしての責任を自覚、「自分が良ければ周りにも喜びを与
えられる」ことを実感しているという。

 お正月は都内の祖母の家で過ごしたり、松戸の実家で1泊するなどリフレッシュ。「今年はハラハラさせるんじゃなくて、ドキドキさせる試合を」と誓う。プロとしてやっている以上、当然「日本代表」も念頭に置いている。

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うのざわゆうじ 柏レイソルFW。松戸市出身。
松戸市立栗ヶ沢小、栗ヶ沢中、県立柏南高校卒。
02年柏レイソル入団。
1983年5月3日生まれ、21歳。

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平成17年01月01日号 No.072−071

あけましておめでとうございます わが街のヒーローからスポーツキッズへのメッセージ


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車いすテニスプレーヤー
當間寛さん


19歳の時にオートバイに乗っていて頸椎損傷、左足切断で三肢麻痺に。
その後、車いすテニスに挑戦。三肢以上に重度の障害をもつ人が対象の
ミックス部門アテネパラリンピック日本代表に選ばれた。昨年11月に行われた
NECーJWTAマスターズのクァード部門優勝。

 

女子バスケJOMOサンフラワーズ
矢野良子さん


女子バスケットボールアテネ五輪日本代表。女子バスケの名門
「JOMOサンフラワーズ」で現在キャプテンを務める

 

柏レイソルMF
明神智和さん


気迫あるプレーで昨年はJ1・J2入れ替え戦を争うチームを引っ張り、
J1残留を決めた。いぶし銀のプレーは健在。柏レイソルゲームキャプテン。

 
 
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